シリアの「刀狩」と日本が取るべき立場
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シリア暫定政府が、国軍創設のためにシリア国内の諸派の武装解除を宣言した。これを日本のメディアが、旧反体制派の全てを集めて合意をとった、かのように報じた。だが、いささか誤解が生じているようだ。これについて当然の留意点がある。
第一に、アサド政権崩壊にあたっていち早くダマスカスに入って暫定政権を樹立したHTSの「ジャウラニ指導者」(アフマド・シャラア氏)は、武装解除のみならず、憲法停止・新憲法制定などの絶大な権力をふるっているが、単に非合法な手段で「最高指導者」と言われているだけではなく、実は暫定政権にも役職を持っていない。政府外の超越的存在である。
これが何を意味するのかは、まだ判然としないが、「最高指導者」として全土の武装解除を求めている人物が政府に役職を持っていないことには、留意しておく必要がある。
反政府勢力「シリア解放機構」ジャウラニ指導者(2024年12月8日)NHKより
第二に、ダマスカスでシャラア氏の協議対象になっているのは、協力関係にある限られた層の人々でしかない。仮にHTSと行動を共にした「旧反体制派」だったと言えるとしても、シリア全土の諸集団を代表しているとは、とても言えない。
第三に、武装解除を、政治プロセスの協議に先行させて行うやり方は、通常は避けなければならないものだ。正当な政府と認めていないどころか、ほとんど関係もない集団に、「武装解除しろ」と言われて、黙って武装解除するのは、よほど力が弱くて威嚇に屈せざるをえない集団だけだろう。武装解除の前提になる条件を決める話し合いの政治プロセスがなければ、暫定政府は、他者を威嚇して武器を捨てるように命じているだけにすぎない。
おそらくシャラア氏には、外国人又は外国事情に精通した助言者が取り巻きにいる。「アル・カイダ」としての過去を捨てるために、ネクタイ・スーツ姿をアピールしてみているだけでなく、言葉遣いなどでも、国際メディア受けを狙っている。
そのため「武装解除」と聞いて、「おお、これは国連がPKOミッションを通じて行うDDR(武装解除・動員解除・社会再統合)のことだな」と杓子定規に反応してしまっている方がいる。「アサド憎し」の強い立場を取っている評論家層が、アサドを倒した者は誰であれ素晴らしい人物だ、という態度を取る仕草を取り続けていうことも、影響しているだろう。
しかし、上述の状況にある政治プロセスに先行する独裁権力の強権を前提にした「武装解除」は「DDR」では、むしろタブーである。また、「DDR」の概念は、「武装解除」を「動員解除」のみならず「社会再統合」とあわせて行うことを明確にするために、用いられる。シリアの暫定政権が、そのような政策的方向性を打ち出している様子は見られない。
シリアの状況は、せいぜい16世紀末の日本で豊臣秀吉が行った「刀狩」のイメージに近いだろう。優越的な武力を背景にして、他の勢力の武装解除を行う、ということは、武装解除に従わない者は敵だと認定して攻撃する、ということを意味する。
国際社会標準の「DDR」は、現代では、たとえば「IDDRS Framework(統合DDR基準枠組み)」などに体系化されている。
「シリアでやるのがDDRだ!国連のDDRなど知らない!」と言っているかのように受け止められかねない態度をとるのは、無責任である。
HTSは現在、支援者を広げるために外国勢力に働きかけている。トルコの影響下にあるのが基本であるため、その流れに沿ったアラブ諸国との関係構築が、最重要課題だ。具体的には、トルコと良好な関係にあるカタールだ。トルコのフィダン外相に続き、カタールのムハンマド首相兼外相が、シャラア氏とダマスカスで会談し、投資案件まで協議したと報じられている。
そのトルコが、シリアで最重要の戦略的課題と明言しているのが、シリア北部のクルド勢力の封じ込めである。もちろんそれは、理論的には、クルド人自治区に潜んでいるクルド労働者党(PKK)の流れをくむ「クルド人民防衛隊(YPG)」が解散でもすれば済む話であろう。
だが名目的な宣言だけでトルコ政府が満足する可能性は乏しい。消滅の物理的確証を得るのでなければ、トルコと接する国境部分の完全なトルコ管理などの措置がほしいだろう。
しかしクルド勢力が黙ってそのような要求を受け入れる可能性も乏しい。すでにトルコの意をくんだSNA(シリア国民軍)とクルドのSDF(シリア防衛軍)は、支配地の争奪をめぐる武力衝突を繰り返している。トルコが支援するSNAは押し気味だが、SDFはシリア領内に軍事基地を置いて2000人を配置しているアメリカ軍の支援を受けてきているし、イスラエルも自国の国益の観点からクルド人勢力の残存に強い関心を示す態度を隠していない。
この状況で、「俺は天下(ダマスカス)を取った」と主張する、イドリブという北部国境地帯の小さい県で行政をしていたにすぎないHTS勢力が、「武装解除せよ」と全土に命令しても、即座に全シリア人が納得して武装解除に応じるとは思えない。
もちろん、このように言うことは、「武装解除」を視野に入れて、各集団が政治協議を始めていく可能性を否定することを意味しない。SDFも、ダマスカスの暫定政府に攻撃的な姿勢を取っているわけではない。だが、いずれにせよ、政治プロセスの見込みは極めて不透明だ。
暫定政権に対するデモや、アラウィ派の人々の暫定政府に反旗を翻すような動きなども、散発的に起こってはきている。あるいは暫定政権関係者が、イランが政情不安を煽ろうとしている、といった話をする場合もあることが報道されている。
この状況で、アメリカや欧州諸国は、制裁解除をアメにして、シャラア氏の歓心を得ようとしているようだ。だがこれらの諸国も、シリアを安定させるための政治調停の見込みを具体的に持っているわけではない。ロシアをシリアから追い出したい一心で、シャラア氏に近づいているだけのようにも見える。
結果として、シリア人は全員武装解除しなければならないが、アメリカやイスラエルは基地を持ったまま、シリア領を軍事占領すら許される、ということになるのであれば、それは奇妙な状態である。
日本は、上述の諸国ほどにシリアに関与していない。他国への影響を考えたときの日本の立ち位置も微妙だ。今のところ、シリアの安定化を願う態度を表明しながら、事態の進展を静観する構えを取っているが、これは妥当だろう。国連機関を通じた人道支援などには協力を惜しむ必要はないが、政治的複雑さに突っ込んでいくような態度を取るのは、リスクが大きいと言わざるを得ない。
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「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。