イカの卵に入り込む謎の寄生虫、赤ちゃんを助ける「助産師」か
ゼリー状の球体の中で、ふ化のときを待つイカの赤ちゃんたち。Capitella ovincolaという蠕虫(ぜんちゅう)はカリフォルニアヤリイカの卵の中に入り込む。(PHOTOGRAPH BY JULES JACOBS)
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カリフォルニアヤリイカ(Doryteuthis opalescens)が母親でいられる時間は残酷なほど短い。カリフォルニアヤリイカのメスは一生に一度、ドラマチックな繁殖の騒ぎに加わる。月明かりの下、たくさんのイカたちが交尾(交接)のため、浅瀬に集まる。そこでは腕を赤くした繁殖期のイカたちが、もやのように溶け合う。
「通常、海底谷は安定した基準点ですが、イカたちが生きた流れのように溶け合い、まるで斜面が動いているような錯覚を覚えました」とフォトジャーナリストのジュールズ・ジェイコブズ氏は話す。
通常は見られたとしても年に1度だというカリフォルニアヤリイカの交尾を記録するため、ジェイコブズ氏は米国カリフォルニア州ラホヤ海岸の沖にいた。(参考記事:「【動画】深海で初、巨大イカのダイオウホウズキイカの撮影に成功」)
交尾の集まりがいつ、どこで起こるかは予測不可能だが、カリフォルニアヤリイカはメキシコのバハ半島からカリフォルニア州のモントレー湾にかけて最も多く見られ、北はカナダのブリティッシュ・コロンビア州まで分布している。
赤い蠕虫がイカの卵嚢に入り、赤ちゃんたちを分け隔てるゼリー状の部分を食べようとしている。この活動により、イカの赤ちゃん卵からかえりやすくなるという。(PHOTOGRAPH BY JULES JACOBS)
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カリフォルニアヤリイカのオスは、ときには複数で、浅瀬のメスと激しく交尾し、その体を弱らせる。荒々しい交尾は両者の死で終わり、散乱する死体の近くに卵嚢(らんのう)が産み付けられる。白い筒状の卵嚢が水中で光り輝き、海底谷ラホヤキャニオンの斜面を覆い尽くしている。(参考記事:「メスの産卵場所を探してやるイカ、父親行動か、頭足類で初」)
卵嚢には最大300の胚(受精後まもない段階)が入っている。大理石のような模様を織り成す胚はやがて、ビーズのような目を持つ赤ちゃんになり、卵嚢の中でひしめき合う。卵嚢は多層構造で、母親が残した細菌のおかげで、アメリカイチョウガニやバットスター(イトマキヒトデ属の一種)のような捕食者から守られている。裏を返せば、荒涼とした海底で卵嚢を守っているのはこれだけだ。
侵入者との奇妙な共生関係
このような微小な世界で、小さな侵入に気付くのは難しい。砂の奥深くから、イトゴカイ科の蠕虫(ぜんちゅう)の一種であるCapitella ovincolaが現れ、卵嚢に向かっていく。ブルース・リーのワンインチパンチをほうふつさせる動きで、頭をとがらせては平らにしながら、卵嚢に穴を開けて忍び込む。
侵入の目的ははっきりしないが、成長中の赤ちゃんに危害を加えるつもりはないようだ。この「虫」は助産師のような役割を果たしていると、米カリフォルニア州立大学モントレーベイ校の海洋生物学講師ルー・ザイドバーグ氏は述べている。
虫たちは胚に目もくれず、数百の胚を分け隔てているゼリー状の部分を食べる。そのおかげで、イカの赤ちゃんは卵からかえりやすくなる。「虫たちが卵嚢に穴を開けると、海水が入り込み、卵嚢が引き伸ばされます」とザイドバーグ氏は説明する。
また、虫たちが入ると、内部に酸素が供給されるとともに、硬かった卵嚢が柔らかくなる。ゼリー状の部分の一部がすでに食べられていることもあり、イカの赤ちゃんは卵嚢を破りやすくなる。