なぜ、のんは地上波ドラマに復帰できた?芸能界の「圧力と忖度」が通用する時代は終わったのか(谷田彰吾)

のんがTBS系日曜劇場で地上波ドラマに復帰…これは事件だ。

 彼女が民放キー局のテレビドラマから姿を消して11年…ついに復帰を果たす。俳優・のん(31)が、27日放送予定のTBS系日曜劇場「キャスター」に出演することが発表された。NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)で国民的な人気を獲得した彼女が、その後、なぜ長期間にわたって民放キー局のドラマから姿を消さなければならなかったのか。映画やCMなどでの活躍は続いていただけに、その不在の異常さは際立っていた。今回の日曜劇場出演は、個人のキャリア回復以上に、業界全体の構造変化を映す「時代の転換点」となる可能性がある。

「失われた年月」国民的ヒロインから地上波テレビ不在へ

 事の発端は、2015年から2016年にかけて表面化した、当時の所属事務所とのトラブルだった。報道によれば、双方の溝は深まり、のんは独立した。トラブルの真相はわからない。のんに原因があった可能性も否定はできない。が、とにかくその後の約10年間、のんが歩んだ道は険しいものだった。

 2016年7月、彼女は芸名を本名の「能年玲奈」から「のん」へと変更。過去にも芸能界には、芸名の使用をめぐるトラブルが多数存在した。事務所側がタレントの名称(特に本名)を無期限に縛ることの正当性には疑問が投げかけられてきたこともあり、この改名も物議を醸した。

 独立・改名騒動以降、のんは映画主演やアート活動などで才能と人気を示し続けた。そんな中、奇妙だったのがテレビCMへの出演だ。地上波の民放テレビで大手企業のCMに出演する彼女を見ることができる。しかし、なぜかドラマやバラエティなどの番組では見かけない。この異様な状況は、彼女の活動が「忖度」や「圧力」によって制限されているのではないかという憶測を呼んだ。10年という年月はとてつもなく重い。

旧ジャニーズ事務所への注意勧告から生まれた変化の兆し

 のんと同様の状況は、2017年にジャニーズ事務所(当時)を退所した「新しい地図」の3人も経験した。彼らも独立後、地上波出演が激減したが、ネットやSNS、映画、CM等で活動を続けた。

 この状況を変える一因となったのが、公正取引委員会の動きだ。2019年、公取委はジャニーズ事務所に対し、新しい地図の3人を出演させないようテレビ局に圧力をかけた疑いで調査し、「独占禁止法違反につながる恐れがある」として注意。これは、事務所によるタレント活動の不当な妨害に対し、国の規制当局が明確に警鐘を鳴らした重要な出来事だった。この注意は業界に衝撃を与え、同様の行為への抑止力となり、タレントの独立に対する考え方にも変化を促すきっかけとなった。

崩れ始めた壁…芸能エコシステムの変化

 こうした変化の背景には、複合的な要因がある。

①YouTube等から既存メディアとは無縁のスターが誕生

②個人メディアの影響力が増し、大手事務所から独立する芸能人が増加

③旧ジャニーズ事務所の性加害問題とその後の組織解体

 中でも、巨大事務所のスキャンダルは決定打となった。業界全体を揺るがし、メディアとの歪な関係性など構造的な問題を露呈させた。企業CMの打ち切りや厳しい報道、組織再編を経て、業界全体のパワーバランス、倫理観、透明性への問い直しが迫られた。問題を報じてこなかったメディアの責任も問われ、「忖度」構造への不信感が高まり、旧来の不透明な慣行維持がリスクとなる状況が生まれた。

変革の担い手か… 福田淳氏 のんの代理人からSTARTO社トップへ

 この変化の潮流で注目されるのが、福田淳氏だ。ソニー関連会社社長等を経てコンサル会社スピーディを設立した彼は、独立後ののんとエージェント契約を結び、その活動を支えてきた人物として知られる。地上波出演が困難な中、映画やCM出演を成功させ、彼女のキャリア維持・発展に重要な役割を果たしたとされる。

 同時に福田氏は、日本の芸能界の古い慣習や閉鎖性を批判し、変革を訴えてきた「アウトサイダー」でもある。その福田氏が、旧ジャニーズ事務所のタレントマネジメントを引き継ぐ新会社STARTO ENTERTAINMENTの代表取締役CEOに就任したことは、業界に衝撃を与えた。旧創業家と無関係で、業界変革を主張してきた人物がトップに就いたことは、STARTO社が過去と決別し透明な運営を目指す強いメッセージであり、業界のパワーバランスを塗り替える可能性を秘めている。

 特に、のんに対する「忖度」や「圧力」があったとすれば、福田氏が業界最有力者の一人となったことで、改善された可能性もある。これは、のん個人の状況改善だけでなく、業界全体に旧来の慣行からの脱却を促す強力なシグナルとなる。

日本のタレントにとっての新しい夜明けは来るか?

 俳優のんの独立と復帰は、個人の物語を超え、日本の芸能界における構造変化の象徴と言っても過言ではない。今やSTARTO所属タレントと旧ジャニーズから独立したタレントが地上波の歌番組で絡むシーンも当たり前になってきた。約10年前から闘い続けてきた彼女が、地上波テレビドラマに帰ってくることは、芸能界の新しい節目となるか。日本のタレントを取り巻く環境が、より公平で個人の権利が尊重される方向へ舵を切り始めたことは確かだ。のんの活躍の場の広がりは、その変化を映す鏡であり、日本のエンターテインメント界が新しい時代へ移行しつつあることを示す、希望の灯火と言えるだろう。

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