元ビジネスマンに教員「特別免許状」、生徒「先生っぽくない先生」…専門人材登用5年で3倍に

 英語やプログラミングなどの専門知識がある社会人を小中高校の教員に登用する例が増えている。教員免許を持たない社会人に教員資格を与える「特別免許状」の授与件数は5年間で3倍に増えた。学校に多様な人材を確保する手段として、文部科学省は教育委員会に制度の活用を促しているが、登用後の支援体制に課題もある。(岡本裕輔)

リーダーシップ

 「一人で完結する仕事はない。互いの意見をどうやってまとめるかを学ぼう」

教員に転身して5年。笑顔で生徒に語りかける阪本教諭(12日、東京都新宿区の成女高校で)

 3月12日、東京都新宿区の私立成女高校の教室で、阪本浩教諭(58)が4月から開講する探究学習「リーダーシップ養成講座」について説明した。阪本教諭は大学卒業後、ソニーに16年間勤め、主に経営企画に従事した元ビジネスマンだ。

ソニー勤務時の阪本教諭(左端)。スウェーデンに駐在し同僚と市場戦略を練っていた(2002年)=本人提供

 IT企業への転職などを経て、2019年に経営改革を担う幹部職員として採用された。教員免許は持っていなかったが、特別免許状の制度を知り、教員としても働きたいと志願した。

 海外駐在の経験や語学力を理由に、理事長が都教委に推薦。同年度に中学と高校英語の特別免許状を受けた。英語のほか、キャリア教育の授業も企画する。

 2年生の女子生徒(17)は「ビジネスマナーも教えてくれる。いい意味で先生っぽくない先生」と話す。

 阪本教諭は「様々な社会経験を持つ人が教えることで、子どもの価値観に多様性が出てくる」と語る。

英語と情報

 特別免許状は、学校の活性化を目的に1988年に制度化された。教科別に授与されるため、複数の教科を担任が教える小学校では使い勝手が悪かった。教科全般の知識や生徒に対する指導力も不安視され、授与件数は年間約200件程度で推移していた。

特別免許状の授与件数

 転機は、2020年度に小学校の「英語」が教科化され、22年度にはプログラミングなどを学ぶ高校の「情報I」が必修になったことだ。小学校では教科担任制が広がり、ITの専門知識を持つ社会人の登用が進んだことで、23年度の授与件数は611件と18年度(208件)の3倍に増えた。

特別免許状授与者の主な職歴

 文科省は24年、審査時に生徒に対する指導力などを過度に重視しないよう制度指針を改定しており、担当者は「制度の認知も進み、さらに伸びるのではないか」と期待する。

指導方法

 一方で、応募者の不安を取り除く仕組みが必要だと指摘する声もある。

 「どう教えるか、どう授業を進めるかも分からず、初回はボロボロだった」

 「技術」の特別免許状を持つ、首都圏公立中学校の50歳代男性教諭は、昨年4月の赴任時を振り返る。自動車部品メーカーでエンジニアを30年近く務め、特別免許状が得られる採用試験に合格した。同校で技術を教える教員は自分一人だけ。教育実習もなく、初回から1人で授業を行ったという。

 学校所在地の県教委によると、指導役は同じ教科の先輩教員が務めることが多いが、細かな指導方法は現場に委ねている。

 男性教諭は「教え方は、ほかの中学校で授業を見学して独学した。慣れるまでは大変で、支援体制を手厚くしなければ、応募に二の足を踏む人もいるのではないか」と指摘する。

 東北大の青木栄一教授(教育行政学)は「特別免許状を取得できる社会人はもっといるはずだ。『仮免許』のような仕組みを設けて実習させたり、登用後も定期的に研修を行ったりするなどして、応募者の不安を取り除く工夫が必要だ」と話している。

制度他にも

 教員免許を持たない社会人を学校に登用する制度は他にもある。

 「特別非常勤講師」は、学校側が都道府県教委に届け出れば、教科の一部の単元や小学校のクラブ活動を担当することができる。東京都教委は2021年度から海外経験などがある社会人を任命し、小学校の英語などで活躍している。

 文科省が開催する「小学校教員資格認定試験」は、合格すれば、教職課程を経ていない社会人も普通免許状を取得できる。以前は計6日間あった試験日は現在2日間に短縮。運動や演奏などの実技も廃止され、受験負担は軽くなっている。

 ◆ 特別免許状 =担当する教科の優れた知識経験や技能がある社会人が対象。雇用する教育委員会や学校法人が推薦し、都道府県教委の審査を経て教科別に授与される。授与された都道府県内でのみ有効。

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