「熱中しているものがない」のは“生物”としては普通のこと 心に火がつかない心理の正体は
「努力しているのに燃えている実感がない」「昔は夢中になれたのに、今はその感覚を取り戻せない」。そうした状況に置かれている人は、決して珍しくありません。明治大学教授で言語学者の堀田秀吾氏は、現代人が燃えられない背景には「動きたい心」と「動けない脳」のせめぎ合いがあると指摘します。堀田氏の新刊『燃えられない症候群』より、私たちを燃えられなくしている「正体」について解説します。 * * * ■7割の人が燃えられていない 燃えていてバリバリと仕事や家事、表現活動に打ち込むなどして、大きな成果を出している人は輝いて見えます。 しかし実際には、燃えられない人は現代社会では多数派なのです。 アメリカのギャラップ社による2025年の調査では、従業員の仕事や職場に対する積極性や熱意を反映した「従業員エンゲージメント」において、日本はわずか7%で、世界平均の21%を大きく下回っています。 燃えられないのは、仕事だけではありません。 博報堂生活総合研究所による2024年の調査では、「大好きで熱中していることや、はまっている物事がある」と答えた人の割合は28%でした。 つまり、約7割の人は「熱中している物事がない」ということになります。 あなたが「燃えられない」と感じているなら、それはむしろ「普通」のことなのです。 では、なぜこれほど多くの人が燃えられないのでしょうか。 私たちを燃えられなくしているものの「正体」は何なのでしょうか。 「本当は何かに燃えたいのに、なぜか心に火がつかない」と感じるとき、それはあなたの意思が弱いからではありません。 脳の「動けない仕組み」が働いているからかもしれません。
脳は変化や不確実性を本能的に避けようとします。 新しいことを始めるより、今のままでいるほうが「安全」だと判断するのです。 ですから、燃えられないのは、「動きたい心」と「動けない脳」がせめぎ合っている状態ともいえます。 この問題を解き明かすためには、次の2つの視点が必要です。 ・人間という生物の仕組み(数十万年前から変わらないこと) ・現代社会の構造(この数十年で変わったこと) まずは(1)「人間という生物の仕組み(数十万年前から変わらないこと)」について、詳しく説明していきましょう。 ■私たちの心は数万年進化していない ここで役立つのが、「進化心理学」という学術分野の考え方です。これは、人間の心理を進化論の観点から理解しようとするものです。 「進化」とは、何万年、何十万年もの時間をかけてゆっくりと進んでいくものです。猿人のアウストラロピテクスは約200万年もの間、ほとんど進化しませんでした。 私たちホモ・サピエンスの誕生は、約20万~30万年前とされています。 一方で、人間の文明が大きく発展したのは、ここ数千年ほどのごく最近のこと。 この変化のスピードに、生物としての進化が追いつくのは到底不可能です。 ですから、進化心理学では、「人間の心と体の仕組みは旧石器時代から変わっていない」と考えます。旧石器時代とは、人類が狩猟採集生活をしていた時代です。 この前提は、科学的な研究で証明されています。 現代人にとってもイメージしやすい例を挙げましょう。 「運動」と「自然」です。 ボストン大学医学部のクラフトとパンナの研究では、運動がうつ病の改善や幸福感の向上をもたらすことが神経伝達物質や心理学的側面など多様な角度から論じられています。 他にもさまざまな研究で、運動には幸福感を高める効果があることが明らかにされています。 これらのことも、旧石器時代までの人類の生活に由来します。