高橋一生にインタビュー「1つの役に骨を埋めてもいい、岸辺露伴を“一生”演じたい」
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が、2025年5月23日(金)より全国公開。主演の高橋一生にインタビュー。
「岸辺露伴は動かない」は、シリーズ累計発行部数1億2千万部超を誇る荒木飛呂彦の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」から生まれた傑作スピンオフ漫画。主人公は、「ジョジョの奇妙な冒険」第4部「ダイヤモンドは砕けない」に登場する人気マンガ家・岸辺露伴だ。
今回公開される映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は、漫画「岸辺露伴は動かない」シリーズ最初のエピソードであり最も人気のある「懺悔室」に、映画オリジナルエピソードを追加したサスペンス作品。高橋一生演じる主人公の岸辺露伴は、イタリア・ヴェネツィアの懺悔室を取材していたところ、ある男からの告白を聞くことに。それがきっかけで、露伴に「幸福になる呪い」が襲い掛かってしまう。
ファッションプレスでは、ドラマシリーズより岸部露伴を好演し続ける高橋一生にインタビューを実施。映画の見どころから高橋のプライベートな部分まで、じっくりと話を伺った。
私生活はあまり想像できないイメージがありますが、ご自身では自分をどのような人物だと認識していますか?
僕、自分のパブリックイメージを本当に聞きたいと思っているんですけれど、どのように映っていますか?(笑)
落ち着いていて知的、物腰柔らか、ミステリアスで色気が漂っている…そんな雰囲気があるかもしれないです。実際のところどうですか?恐らくそこまでミステリアスなことはないんじゃないかと(笑)。何か隠そうとか、自分のことを語らないようにしようとか、意図的にそういうことをやっているつもりもないですし。
でも僕は、自分のことを話すのが苦手なんです。作品のことになると饒舌になれるんですけど、昔からオーディションの自己PRの時間は苦痛でしかなくて。自己PRするなら、その時間でお芝居をした方がよっぽどパーソナルなものに迫れるんじゃないかと思っていました。もしかしたらそういうところが、得体が知れない、何を考えているかわからないと思われる理由なのかもしれないです。
高橋さんの口下手な部分は、もともとですか?それとも環境によって育まれてきたもの?多分もともとの性質です。 昔から、自分のことは喋ろうと思ってもなかなか喋れない。厄介なのは、いざ喋り出すと適当なことばかり出てきて止まらなくなることです。それっぽいことばかり話すから、本質がどんどんブレていくというか。
でもそんな“自分を多くは語らない”ところが高橋さんの魅力でもある気がします。
自分の魅力は分からないですが、確かに“言葉絶対主義”のような感じではないかもしれないです。俳優という仕事の上でも、言葉をあまり重要視していないというか。台詞を言うというアプローチ以外の方法で、何か伝えられることがあるんじゃないかなというのは常に探っています。
それはもしかしたら、全くお芝居と関係ないことかもしれませんし、何も語らずその場にただいることかもしれない。そういった無駄なことをずっと考えているというのは、僕ならではの強みかもしれないです。
普段どんな人に魅力を感じますか? 多くを言葉で語らない人。言葉数は少なくとも、行動でちゃんと示してくれる人は強いなと思います。
まさに高橋さんじゃないですか。
だといいんですけれど。言葉って齟齬が起きやすいので、言葉でどれだけ懇切丁寧に伝えても意外と本質的なことは伝わりづらいと思うんです。そういう意味では、佇まいで示してくれる人のほうがよっぽど説得力があるし、僕にとってはありがたい存在かなと思います。これまでの人生で、そういった方が近くにいらっしゃったんですか。
はい、います。もうその人は亡くなってしまいましたが、自分が本当に師匠のように崇めていたあるプロデューサーの方がいて、その人は多くを語らない人でした。たとえば褒めてくれる時もあまり細かくは言わないで、「今日すごいよかったよ。なんかね、風みたいだった。」とおっしゃるんです。「風…?」とは思うんですけれど、言っていることはニュアンスで分かる。何々がこうでよかった、と細かく説明せず「風でよかったよ」などと言われると、それはそれで心強いというか。そういう人が近くにいてくれた時は、とても居心地がよかったです。
岸辺露伴を演じるのは本作で6度目となります。“同じキャラクターを演じ続ける”ということについて、高橋さんはどうお考えですか?同じ役をずっと演じ続けられるということは、役者冥利に尽きます。露伴というキャラクターを、自分の年齢が上がってきて「ようやく今やれるか!」というタイミングで演じることができて、2020年からずっとそれが続いている。それは僕の俳優人生において本当に大きなことだと思います。
1つの作品に骨を埋める覚悟のある人って、やっぱりかっこいいじゃないですか。それこそ原作者の荒木飛呂彦さんは「バオー来訪者」なども描いてましたけれど、ずっと「ジョジョの奇妙な冒険」を描き続けている。何十年も1つのことを続けるという姿に憧れを感じますし、自分もそうありたいと思っています。
では「岸辺露伴」シリーズをこの先もずっと続けていきたいと。本当は一生やりたいです。何もネガティブな気持ちはなく、やれるんだったらどこまでもやりましょう!という心意気です(笑)。
(笑)。1つの役をずっと演じることに対して抵抗を抱く人もいるじゃないですか。
結構多いみたいですね。僕も続編をやる時、プロデューサーの方に「シリーズ化を嫌がる人もいますが大丈夫ですか?」というようなことを聞かれたんです。でも寝耳に水というか。「えっそんな風に思う人いるんですか!?」という感じでした。僕の場合、露伴だったからそう思えたのかもしれませんが。唯一気がかりなのは年齢。年齢的に自分が露伴を演じることを許せなくなったら厳しいのかなとも思います。難しいところですね。だからいつか、ベネディクト・カンバーバッチに「ドクター・ストレンジって何年ぐらいやっていて、シャーロックはどのくらいやっていましたっけ。長く続けるとどんな気分になりますか?」と聞きたいです(笑)。「実は僕もシリーズものをやっているのですが…」と相談してみたい気持ちはあります。
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高橋さんはもともと「ジョジョ」シリーズの愛読者で、岸辺露伴が一番好きなキャラクターだったとか。露伴を好きになったきっかけは?露伴に初めて出会ったのは子ども時代。当時、僕はお芝居を志している少年だったので、露伴のものづくりに対する真摯な姿勢にとても影響を受けました。若くして天才漫画家と称され、それでも今なお走り続けている露伴を、自分の中で重ねてしまったところもあるのかもしれないです。
キャラクターの性格的な部分で言うと、確固とした自分の矜持、プライドを持っているところも魅力的です。絶対的に譲れないこだわりがあって、それを守るためなら徹底的に他者とのライン引きをする。ともするとそれは対応として子供っぽいと思われるかもしれないけれども、自分を守るための危機管理として完全にやってのける。そういった態度が、僕にとっては毎回気持ちがいいなと思うんです。全ての作品において、露伴はそういう居ずまいでいてくれているので、読むたびに勇気づけられていました。
ご自身と露伴が似ていると思う部分はありますか?天邪鬼な部分ですかね…(笑)。たとえばこの映画でも、他者が「ほら、幸せだよね?」と持ってきたことに対して、「いや、それは自分で決めるから大丈夫」と露伴は線引きをしています。もうちょっと譲ればいいのにと言われることもあるのですが、そういう頑固な部分はとても似ていると思います。あとは、露伴が読者に対して取るスタンスにも何か近いものがある気がします。露伴は「読者のために」とよく言いますが、実はその先にいる自分に向けて漫画を描いているんじゃないかなと僕は思うんです。読者ありき、もちろん大前提はそうなんでしょうけれど、結局は自分の納得のために漫画を描き続けている。それは僕がお芝居している時も同じで、仮にお芝居を見てくれる人がいなくなったとして、じゃあどこに向けて芝居するのかと言ったらやっぱり自分なんです。自分のために芝居をして、たまたまその間に誰かを入れている感覚に近いのかもしれない。
究極的なことを言うと、見る人がいなくても芝居できると。
コロナ禍でどうしてもお客さんが入れられない時に、無観客の客席に向けてお芝居をしたことがあったんです。普段だったら大勢のお客さんの前でやるはずのものを、無観客の中で映像収録をしました。けれどもその時に、むしろお芝居が完璧に成立している感じがして。そこにいるお客さんは誰なのかと定義すると、結局は自分でした。お客さんの反応を全く度外視で、自分が自分を一番厳しく見る。発信側と受信側の自分がいて、その間にお客さんを挟んでいくというのは、僕にとってはいいやり方だなということに改めて気づきました。実はこの体験が2020年の出来事で、その直後に「岸辺露伴」の撮影があったんです。タイミングも含めて、これほどまでにシンパシーを感じる役柄に出会えたのは運命的だなと思います。
実写版「岸辺露伴シリーズ」が始まってから5年が経ちますが、今回の映画で新たにチャレンジしたことはありますか?芝居を作り込みすぎないこと。フリーな感情に任せてお芝居をしたのは新しい挑戦だったかなと思います。これまでは、台本を読んだ上で、その時々の露伴の動きを割としっかり決めてやろうとしていたところがあったんです。ただ今回は舞台がヴェネツィアということもあり、教会や懺悔室を前に自分が一体どんな気持ちになるのか、本読みの時点であまり想像できなかった。なので、実際に井浦さん(井浦新)とお芝居をしてみて、その時、その場所で感じた気持ちをそのまま出してみようと思いました。果たして台本通りにいくのか、自分でも半ば不安でしたが。
実際、台本通りにいきましたか?
台本通り…ではなかったです。たとえば、露伴が怒って宝くじを踏みつけるシーン。台本ではちょっとグリっとやるくらいの感じだったのですが、気づいたら本番は何回もバタバタと激しく踏みつけていて。それは前もって考えたことでは全くなかったので、自分でも驚きました。逸脱しすぎたかなと一瞬思ったのですが、演出チームの方々に「いや、あれはすごい露伴っぽいですよ」と言っていただき、やっぱり間違っていなかったなと。露伴が高橋さんの中に浸透し始めているのかもしれませんね。
そうですね。これまで構築してきたものが積み重なって、あまり考えなくても露伴が出せるようになってきた感じがします。先ほど話した“宝くじ踏んづけシーン”は、これぐらい振り切っても露伴の人格として成立するんだなということを実感できた良い機会でした。ぜひ観て笑っていただければと思います(笑)。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』公開日:2025年5月23日(金)出演:高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦新原作:荒木飛呂彦「岸辺露伴は動かない 懺悔室」(集英社ジャンプ コミックス刊)監督:渡辺一貴脚本:小林靖子音楽:菊地成孔/新音楽制作工房人物デザイン監修・衣装デザイン:柘植伊佐夫配給:アスミック・エース<あらすじ>漫画家の岸辺露伴はヴェネツィアの教会で、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。それは誤って浮浪者を殺したことでかけられた「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いの告白だった。幸福から必死に逃れようと生きてきた男は、ある日無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだ筈の浮浪者が現れ、ポップコーンを使った試練に挑まされる。「ポップコーンを投げて3回続けて口でキャッチできたら俺の呪いは消える。しかし失敗したら最大の絶望を受け入れろ…」。奇妙な告白にのめりこむ露伴は、相手を本にして人の記憶や体験を読むことができる特殊能力を使ってしまう…。やがて自身にも「幸福になる呪い」が襲いかかっている事に気付く。
© 2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社