「高評価=ロングセラー」とは限らない…人気なのに短命だった不運グルマ5選
クルマの売れ方は多様で、人気が長く続くモデルがあれば、発売からパッとせず、短期で販売終了になるモデルもある。そして、人気があったのに販売期間が短いクルマだって存在していた。今回は、そんな短命ヒット車を振り返りたい。
文/長谷川 敦、写真/スバル、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、Newspress UK、CarWp.com
【画像ギャラリー】評判は上々だったもののロングセラーになれなかったクルマたち(20枚)写真はトヨタ ウィッシュの2代目モデル。初代が好調な売れ行きをみせ、2代目も健闘していたものの、時代の要請がこのクルマの存続を難しくしてしまった
人気のあるモデルは、メーカーとしては利益を増やすためにもできるだけ長く売っていきたい。
実際、そうした長寿モデルはいくつかあり、それがクルマの評価にもつながっている。
反対にあまり売り上げを伸ばすことのできなかった車種は、早めに販売が打ち切られるというケースも少なくない。
だが、販売開始から人気を獲得し、実際にセールスも好調だったのに早期に製造販売が終了となってしまったモデルもある。
その理由は、最初から短期販売の予定だった、あるいは法改正などで販売が続けられなくなった、他車種の製造を優先するための犠牲になった、などとさまざま。
販売初期は好調でも、その人気を持続させることができずに製造販売が終わってしまったというケースもあった。
このように、短命に終わった理由はクルマごとに違う。
次の項からは、注目を集めたのにもかかわらず、早期販売終了になったモデルを見ていこう。
●日産 ラシーン
1994年に登場した日産のラシーンは、7代目B13型サニーをベースにしたSUV。
この当時はSUVという用語は使用されておらず、その見た目からRV(レクリエーショナルビークル)に分類されたラシーンだったが、サニーがベースであることから、オフロードよりも舗装路での使用を中心に想定されたモデルだった。
つまり、ラシーンは現在でいうクロスオーバーSUV的な立ち位置のクルマといえる。
この時代に展開されていた日産パイクカーシリーズにも似たレトロチックなルックスを持つラシーンにも注目は集まり、5ナンバーサイズでありながらSUVの利便性を有していたことでも高い評価を得ていた。
実際にセールスは上々で、1997年にはマイナーチェンジも実施されたが、販売主である日産の業績が悪化した影響もあって2000年には製造販売が終了してしまう。
ラシーンが短命に終わったのは外的要因が主なものであり、クロスオーバーSUVが人気カテゴリーになっている現在に生まれていれば、また違った結果になったかもしれない。
●マツダ オートザムAZ-1
マツダが1992年に自社のオートザムブランドから発売したAZ-1は、軽自動車規格のミドシップ2シーターモデル。
ミドシップエンジンレイアウトの軽自動車自体はこのAZ-1が唯一というわけではないが、AZ-1は上方に開くガルウイング式ドアの採用などで注目され、スポーツ性に特化した“尖った”クルマとして評価も高かった。
AZ-1が発売された1992年の日本はぎりぎりバブル景気のなかにあり、遊び心全開のAZ-1が販売を伸ばすことも期待されたが、約150万円の価格は当時の軽自動車としては高価で、実用性も低いことも逆風になってセールスは低調だった。
やがてバブル景気も崩壊し、AZ-1の販売は1995年には終了してしまった。
だが、AZ-1の強烈な個性は時代が進んでも色あせることはなく、現在でも良コンディションの中古車には300万円以上の価格がついている。