量子コンピューターの“方式”は主に5つ──其の伍【超伝導方式】IQM
量子コンピューターの主要な方式は、超伝導、イオントラップ、中性原子、シリコンスピン、光量子の5つとなる。この5つは、大きく「光」と「光以外」に分類可能で、「光以外」はさらに、電子の挙動を活用する「超伝導」「シリコン」組と、原子系の「中性原子」「イオントラップ」組に分けられる。量子コンピューターのこの方式の違いは、例えば水力発電と太陽光発電くらいに動作原理もマシンの構成要素も異なるのだ。詳しくは量子コンピューターについて詳しく解説したこちらの記事も参照されたし。
【超伝導方式】IQM
フィンランド南部に位置する人口30万人の都市エスポー。日本ではなじみの薄い地名かもしれないが、ノキア、アアルト大学、フィンランド技術研究センター(VTT)などが拠点を構える「欧州有数のイノべーション都市」として、EU内では大きな存在感を示している。しかも、その魅力はビジネス面にとどまらない。美しい自然環境(おすすめはヌークシオ国立公園!)を目当てに国内外から多くの観光客が訪れる「テックと自然が調和した街」として、首都ヘルシンキに勝るとも劣らない人気をこの街は博している。
そんなエスポーの一角で、IQM Quantum Computersは2018年に創業した。同社は、超伝導方式を活用したスケーラブルな量子コンピューター開発に取り組むリーディングカンパニーのひとつであり、IBM、グーグル、Rigettiといったグローバルプレイヤーと競い合いながら、「オンプレミス型量子コンピューター」の商用化においてリードを保っている。
オンプレミス型量子コンピューターとは、クラウド経由ではなく自社施設内に量子コンピューターを物理的に設置し、独自に運用するシステムのこと。特定の研究目的や産業用途に合わせて、ハードウェアやソフトウェアの設定を最適化できることを最大のメリットとしつつ、セキュリティの確保(クラウド型と異なり、データを外部サーバーに送る必要がなく、機密情報の保護が可能)や、高いパフォーマンスと低遅延(量子コンピューターを直接管理することで、計算処理の遅延を最小限に抑え、リアルタイムでの量子演算が可能)といった強みを兼ね備えている。
「実際この12カ月間で、IQMは競合他社と比べてより多くのオンプレミス型量子コンピューターを販売・出荷しました」
そう語るのは同社の共同CEOミッコ・ヴァリマキ。
IQM Quantum Computersの共同CEOミッコ・ヴァリマキ。「自社で量子チップを製造できる点も、IQMの強みです。コストを下げ、量子コンピューターをより広い市場へ届けたいと思います」
「エントリーレべルの『IQM Spark』から150量子ビットの『IQM Radiance』まで、フルスタック型の量子コンピューターを幅広い価格帯で提供しているのがわれわれの大きな強みです。さらに言うとIQMは、すべての機能を自由に使えるソフトウェアシステムを採用しています。それはつまり、すべての主要な量子開発フレームワークに対応できることを意味します。そこもまた、他社と一線を画している点だと思います」
今後IQMは、100万量子ビット規模のシステム開発を視野に入れ、産業界向けの量子アプリケーション開発に力を注いでいくという。
「超伝導量子ビットは、原子量子ビットに比べて1,000倍の速度をもっています。この差はやがて、計算を数時間で終えるのか、それとも一年かかるのかという大きな違いを生み出すことになるとわれわれは考えています」
そんなIQMを生み出したフィンランドは、欧州における量子コンピューター研究のハブとなるべく、前述のアアルト大学やVTTなどが中心となって研究開発が進められている。
「われわれは、そうしたエコシステムの中心的な存在として、研究と産業応用を結びつける役割を果たしていきたいと思っています。製薬、個別医療の最適化、エネルギー最適化、核融合シミュレーション、AIモデルの最適化、材料科学、サイバーセキュリティ……。量子コンピューターが広く普及することで、世界はよりよい方向に向かうと信じています。そうした時代の到来を少しでも早く、確実に起こすためにも、挑戦を続けていきたいと思っています」
Information本社所在地:エスポー(フィンランド)創業年:2018年主なメリット:クラウド型に加えオンプレミス型を提供可能主なデメリット:誤り訂正の実装がいまだ発展途上
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従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。