「大統領の服装を変えたい」 ゼレンスキー氏の勝負服に日本製生地 デザイナーの“真意”
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2025年8月18日、ホワイトハウスで行われたトランプ大統領とゼレンスキー大統領の首脳会談。
ゼレンスキー氏は、黒いジャケット姿だ。
前回2月、決裂した会談で、国章が刺繍された長袖のシャツを着ていたゼレンスキー氏。
トランプ氏は「着飾っているな」と揶揄し、記者からも「なぜスーツを着ないのか」と質問が飛んだ。
今回の会談では、その記者が「そのスーツ、とてもお似合いですね」と持ち上げた。 トランプ大統領も「私も同じことを言ったよ。前回スーツのことで攻撃したのは彼だね(笑)」と、前回の険悪な雰囲気と打って変わって、和やかな空気に包まれた。
会談を成功に導いた要素のひとつとも言われるこの“勝負服”には、デザイナーの平和への思いが込められていた。
(テレビ朝日ロンドン支局・醍醐穣)
手がけたのは20年来の盟友
今回、ゼレンスキー大統領が着用した黒のジャケット。
ウクライナ人デザイナーのビクトル・アニシモフ氏(61)が手掛けたものだ。
コメディアンだったゼレンスキー氏が率いた劇団の衣装も担当したことがある。
5年間ほど連絡が途絶えた期間もあったが、通算20年ほどの付き合いになる。
ANNのオンラインインタビューに応じたアニシモフ氏によると、このジャケットはもともと、8月24日のウクライナ独立記念日で、ゼレンスキー氏がスピーチをすることを想定して制作したものだったという。2025年1月にデザインの構想を練り始め、実際に制作に取り掛かったのは3週間ほど前だという。
新たな紺色のジャケットを5日間で制作し、全く同じデザインで黒色のものも作った。
2着を携えて試着に挑んだが、ゼレンスキー氏は「フォーマルで中立的なスタイルだ」として黒色の方を気に入ったという。
そうした中、ホワイトハウスでのトランプ大統領との首脳会談が決定。当初の予定を変更して、ジャケットは“因縁の場所”での勝負服に選ばれることになった。
手直しを行ない、8月16日、ワシントンへ旅立つ直前のゼレンスキー氏のもとへ届けられた。
日本製の生地と「平和への小さな一歩」
今回のジャケットには主に軍服にも使われるキャンバス生地が使われている。
5種類の生地のうち4種類はウクライナ製。そしてもう1種類はなんと日本製だ。
アニシモフ氏は日本製の生地の品質や質感を高く評価。これまでの作品でも使用しているという。
背中のスリットや4つのパッチポケットでミリタリー要素を強調。その一方で、背中のスリットと袖のスリットを追加することで、大統領の軍服のイメージを徐々に民間のスタイルへと変える狙いがあった。「平和への小さな一歩」を表現したという。
2022年2月24日のロシアの全面侵攻当初は、軍との連帯を示すために、ほぼカーキ色などのTシャツ姿だったゼレンスキー氏。
しかし、外国首脳らとの交渉の場に立つ機会が増える中、アニシモフ氏は、その姿に少し違和感を覚えたという。
そう思っていた時、奇しくもウクライナ大統領府から同様の相談を受け、大統領の服装のデザイン、監修を担当することになった。
ゼレンスキー氏は、今年2月以降は、公式の場ではアニシモフ氏のデザインした服を着用している。7年間将校として軍務経験もあるアニシモフ氏。その経験もゼレンスキー氏の衣装のデザインに生きているという。
2025年4月26日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ前教皇の葬儀では、全身黒の装いだった。衣装には、日本製の生地を使用しているという。パッチポケットのついたフランス風のフィールドジャケット、 クラシックなコットンシャツ、ストレートレッグのパンツ。 アニシモフ氏は「軍服の精神を現代的な美学で再解釈しながら、そのエッセンスを保ったデザイン」と語る。
2025年5月28日、ドイツを訪問し、メルツ首相らと会談した際は、軍のフィールド・コートの要素を取り入れた黒色ジャケット、4つのパッチポケット、ブラックの立襟シャツ、ストレートレッグの黒色パンツを身に着けていた。
2025年6月25日、NATO首脳会談では、ボタン付きパッチポケットと小さな装飾的な肩章が付いたミリタリースタイルのジャケット。2つのパッチ胸ポケットとクラシックなカットのパンツを合わせたミリタリースタイルのシャツ。この時の衣装にも、日本製の生地を使用しているという。
2025年7月10日、ウクライナ復興会議では、黒色の立襟ボタンアップシャツ。ポケットを模した装飾的な胸パネルを配して、ストレートレッグの黒色のパンツと組み合わせた。
「芸術は後回し…」待ち望む戦争終結
現在、ウクライナとスペインを行き来しながら創作活動を続けるアニシモフ氏。
戦争は芸術の世界に大きな影を落としていると語る。