株主還元一辺倒に待った、成長投資促す提言に市場では評価の声も
企業は自社株買いよりも魅力的な成長投資先を見つけ、日本経済の成長につなげるべきだとする経済産業省有識者会議の提言を巡り、市場関係者の間では長期で日本株を保有する場合にはポジティブとの見方が出ている。
経産省は30日、産業構造審議会の価値創造経営小委員会(委員長:沼上幹早大ビジネス・ファイナンス研究センター教授)の中間報告を公表した。この中で、現在の企業経営者は株主還元を求める声の大きさに萎縮し、新事業への投資を滞らせているように見えると指摘。自社株買い以上に魅力的な資金の投資先を見つけることで、社会全体の発展に向けた経路を開くことが経営者の役割だと断じた。
企業の特性ごとの課題にも言及し、高い成長期待がある半面、資本収益性が低い企業などでは事業の収益化を早めるための成長投資を株主還元よりも優先し、続けることが重要なケースもあるとしている。提言の一部の内容は、朝日新聞が事前に報じていた。
ニッセイアセットマネジメントの伊藤琢チーフ・ポートフォリオ・マネジャーは、提言は自社株買いなどで上昇してきた日本株にとって短期的にはネガティブだが、「中長期的には正しいことを言っている」と評価。投資の時間軸が短期化する中、投資家が企業に対し株主還元を求める圧力は強まっており、設備投資に積極的な姿勢を示す企業は少ないとの認識を示した。
東京証券取引所が2年前に資本コストと株価を意識した経営を上場企業に要請したのをはじめ、物言う株主のアクティビストからも自社株買いを含む株主還元の拡充や不動産などの遊休資産の売却を求めるケースが増えている。ブルームバーグのデータによると、今年発表された日本企業の自社株買い総額は現時点で8兆円を超え、さかのぼることが可能な2017年以降では過去最大規模だ。
りそなアセットマネジメントの下出衛チーフストラテジストは、自社株買いと設備投資が「両輪両建てで増えるのが良い」と指摘。企業が効率良く稼いでいるかどうかを計る株主資本利益率(ROE)が持続的に高水準を維持できるよう、資金配分をしなければいけないと見ている。
経産省の示した指針が企業の行動に影響力を及ぼすケースは過去にもあった。公正な企業の合併・買収(M&A)を促すため、23年8月に策定された「企業買収における行動指針」では企業が取るべき、尊重すべき姿を明記し、最近では小売り大手のセブン&アイ・ホールディングスにカナダのアリマンタシォン・クシュタールが買収提案を行うなど、大企業がターゲットになる案件も出てきた。
もっとも、人口減少が進む日本では設備投資を行ってもそれに見合う需要が発生しない可能性があり、国内での成長投資機会は限られるとの見方も出ている。
ピクテ・ジャパンの松元浩シニア・フェローは、提言を受けて企業がすぐに投資に資金を向けるかどうかは不透明だと言う。限られたパイの中で投資機会を探すのは難しく、海外への投資も経営陣にとっては大きなリスクだと指摘。「成長投資だけではなく、手じまうところは手じまい、その分リソースを新しい分野に投入することが必要だ」と見る。
早稲田大学の柳良平客員教授は、日本企業の設備投資や研究開発費の割合が欧米よりも低い点に言及。「アニマルスピリッツが欠けていたり、アクティビストなどへの懸念から今回のようなメッセージを発すること自体は正しい」と話した。