生活習慣改善で全国84万件の脳卒中を含む循環器病発症を予防|プレスリリース|広報活動|国立循環器病研究センター
2025年7月16日
国立研究開発法人国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の予防医学・疫学情報部の尾形宗士郎(室長)、清重映里(上級研究員)、芳川裕亮(客員研究員)、西村邦宏(部長)、循環器病対策情報センターの飯原弘二(循環器病対策情報センター長)らと、英国リバプール大学は、国内初となる高度なマイクロシミュレーションモデル「IMPACTNCD-JPN」を開発し、2001~2019年に起きた循環器病のリスク要因の変化が、全国の循環器病(冠動脈疾患と脳卒中)の発症数、死亡数、医療費、QALYs(質調整生存年)にどのような影響を与えたかを定量的に評価しました。その結果、リスク要因の変化は約84万件の循環器病発症の予防につながったことが推計されました。予防につながった主な要因は収縮期血圧の低下と喫煙率の減少で、生活習慣改善の重要性が改めて示されました。これらの成果は、超高齢社会に直面する他国への国際的な示唆にもなります。
国内初の包括的マイクロシミュレーションモデルによる分析
IMPACTNCD-JPNは、国循と英国リバプール大学が共同開発した高度なマイクロシミュレーションモデルです。このモデルは観測されたデータと既存の研究結果(メタアナリシスや大規模調査等)を統合したものを基にシミュレーションを実施し、高精度な予測を出すことができます。この研究では、全国で血圧など複数の循環器病のリスク要因が変化したとき、循環器病の発症・死亡・医療費・質調整生存年数にどのような影響があるかを包括的かつ定量的に評価しました。IMPACTNCDモデルは国際的にも妥当性が検証されており、その有効性が確認されています。
日本の高齢化を踏まえた予防効果の定量化
2001年~2019年の間に起きた循環器病のリスク要因の改善により、約84万件の脳卒中を含む循環器病の症例が予防されたと推計されました。特に収縮期血圧の低下と喫煙率の減少が予防に大きく貢献していました。これは高齢化の進む日本において、生活習慣と循環器病のリスク要因の改善が、循環器病予防に極めて重要であることを示しています。
超高齢社会に向けた国際的示唆
日本の成果は、今後同じように「超高齢社会」に突入する他国にとっても重要な示唆となります。特に、生活習慣や循環器病のリスク要因に対して、継続的かつ多面的な対策が必要であることを示した点は、国際的にも政策を考えるうえで応用可能な知見です。
※本研究結果は、2025年7月8日(現地時間)でLancet Regional Health -Western Pacific誌に掲載されました。
《参考》
背景
日本は20世紀後半、血圧や喫煙対策を中心とした公衆衛生の向上により、脳卒中を含む循環器病の死亡率を大幅に低下させました。しかし21世紀以降、LDLコレステロールの改善停滞、肥満の増加、身体活動量の減少、果物・野菜摂取量の減少といった生活習慣の悪化が進行し、循環器病の罹患や死亡の増加が懸念されています。こうした複数のリスク要因の改善や悪化が、国全体の循環器病の発症、死亡、健康寿命、医療費に与えた影響を包括的に評価した研究は少なく、またこれらを定量評価する高度なマイクロシミュレーションモデルはありませんでした。
成果
国循と英国リバプール大学が共同開発したIMPACTNCD-JPNモデルを用いた高度なシミュレーション解析により、2001年から2019年の間に日本国内で約84万件(不確実性範囲:54万~130万件)の脳卒中を含む循環器病が予防されたと推計されました。特に、収縮期血圧の低下(約54万人分)と喫煙率の減少(約28万人分)が、循環器病発症の軽減に大きく寄与していました。一方で、LDLコレステロールやHbA1cによる改善効果は限定的であり、BMIの上昇、身体活動の不足、果物・野菜の摂取不足などの生活習慣の悪化が、発症予防効果の一部を相殺したことも明らかとなりました。
また、2010年以降はリスク要因の改善による循環器病の死亡率の減少が、国内外で停滞していることからも、今後の高齢化社会に備え、収縮期血圧、喫煙、LDLコレステロールの管理政策を維持しながら、HbA1cやBMI、身体活動、食生活といった生活習慣全般への包括的な対策を早急に強化する必要性が示唆されました。
シミュレーションモデルについて
IMPACTNCD-JPNモデルは、循環器病の予防政策を行う前後で、政策介入による国全体の中長期的な効果を定量的に評価することができます。具体的には、各政策介入シナリオごとに、循環器病のリスク要因の時間による変化と、それによる循環器病の負荷(発症数、死亡数、医療費、質調整生存年数)を高精度に予測します。この予測値を用いることで、政策を実施しなかった場合と実施した場合の循環器病のリスク要因と循環器病の負荷の差を明らかにし、政策介入の効果を推定することができます。
発表論文情報
題名:Quantifying the contributions of cardiovascular risk factors to cardiovascular disease trends in 21st century Japan: A microsimulation study 著者:Soshiro Ogata, Eri Kiyoshige, Yusuke Yoshikawa, Koji Iihara, Hitoshi Fukuda, Masanobu Ishii, Kenichi Tsujita, Anna Head, Brendan Collins, Martin O'Flaherty, Kunihiro Nishimura, Chris Kypridemos 掲載誌:The Lancet Regional Health – Western Pacific
DOI:10.1016/j.lanwpc.2025.101623
謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
- 日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究 22K17821
- 厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究 22FA1015、24FA1015.
- 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B) 25K02863
【報道機関からの問い合わせ】
国立研究開発法人国立循環器病研究センター 企画経営部広報企画室TEL : 06-6170-1069 (31120) MAIL:[email protected]
最終更新日:2025年07月16日