「核の脅し」で戦局有利に ロシアが実証 無視できない世界のリアル
1945年8月の広島、長崎への原爆投下から80年。第二次世界大戦後、核兵器の実戦使用は辛うじて回避されてきた。
しかし、被爆者が願う核廃絶への道のりは遠いばかりか、ロシアが核兵器を威嚇の手段として使うなど「核のタブー」は壊れつつある。核使用のリスクが高まる世界に、私たちはどう向き合えばいいのか。
欧州政治や安全保障に詳しい国際政治学者の遠藤乾・東京大教授に聞いた。【聞き手・遠藤孝康】
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2022年から続くロシアによるウクライナ侵攻では、核兵器を脅しに使うことで戦局を有利に運ぶことができるという構図が如実に示されてしまいました。
ウクライナはソ連崩壊後の1994年、核兵器を放棄する代わりに領土の一体性と主権を保証させる「ブダペスト覚書」を核保有国の米英露と結びました。その核放棄国を侵略したという点で、まず、ロシアの罪深さ、不正義の度合いは非常に大きいと思います。
それに加え、ロシアは今回の侵攻で核兵器の使用を繰り返し示唆し、威嚇してきました。
ロシアは大陸間弾道ミサイルなどの戦略核兵器だけでなく、小型の戦術核兵器を多数保有しています。戦術核を搭載するミサイルや航空機などの手段も、その威力も、多様な選択肢がある。
こうした戦術核を脅しに使うことで、ロシアはウクライナを支援する西側諸国をけん制してきました。これに対し、米国をはじめとする北大西洋条約機構(NATO)はウクライナに地上軍を派遣せず、兵器の面でも全面的な支援をためらってきたのが実情です。
これは91年の湾岸戦争時と比較すると、明らかに異なります。
イラクが隣国のクウェートに侵攻したことに対し、米軍は当時、大規模な航空作戦と約50万人の地上軍派遣を実施し、イラクをクウェートから追い出しました。侵略したイラクは非核保有国だったという点が今回のロシアとの違いです。
米懸念「ロシアが戦術核使用の可能性」
22年秋にはウクライナ軍の反転攻勢で、ロシア軍が占拠した地域から撤退を強いられた局面がありました。この時、米国は情報機関などの報告で「ロシアが五分五分の確率で戦術核を使用する可能性がある」という情報を得ていたとされます。
米バイデン政権はさまざまなルートでロシア側に核使用を思いとどまるよう警告するとともに、ウクライナ側に対しても自制を迫りました。この結果、ロシア軍はウクライナ南部ヘルソン州でドニエプル川西岸に展開していた約3万人の部隊を東岸へ撤収させることができました。
核兵器は「実際には使えない兵器」とされてきましたが、「使うぞ」と脅すことで通常兵器による戦争の戦局を動かしてしまった。
そういう現実…