やわらかい電子デバイスを埋め込んだサイボーグオタマジャクシが誕生。脳の発達を追跡
ハーバード大学の研究チームが、発達中のオタマジャクシの脳に、やわらかくて薄い電子デバイスを自然に融合させることに成功した。
このデバイスは胚の段階で神経板に設置され、脳の成長に合わせて自然に組織と融合するよう設計されている。
頭部からは神経活動を読み取るための柔らかい接続部が外に出ているが、オタマジャクシの発育にはまったく影響しないという。
この「サイボーグ・オタマジャクシ」は、発育への影響をまったく受けることなく、脳の発達過程で生じる神経細胞の電気活動をミリ秒単位で精密に記録できる。
今後、発達障害や神経疾患の解明にもつながる技術として注目されている。
この研究は、2025年6月11日付の科学誌『ネイチャー(Nature)』に掲載された。
魚・カエル・人間など、背骨をもつ動物の赤ちゃんがお腹の中で成長し始めた胚(はい)の頃、「神経板」という扁平な構造が折りたたまれ、脳と脊髄のもとになる「神経管」へと変化する。
このときに起こる形態の変化は、ミリ秒単位で進行するきわめて複雑な現象だ。
もしもこれを詳しく観察することができれば、脳の根源的な謎の解明につながるばかりでなく、発達の初期段階ですでに現れている病気の治療や予防をすることも可能になるかもしれない。
アメリカ、ハーバード大学の生体工学者ジア・リウ氏は、「自閉症、双極性障害、統合失調症などは、いずれも発達初期に起きている可能性があります」と語る。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock問題は、そうした発達初期の神経活動を計測する手段がないことだ。
すでに完成した脳の神経活動を詳しく記録したいだけなら、そこに金属の電極などを差し込み、電気活動を読み取ればいい。
以前リウ氏はそれを一歩進め、より小さな負荷で脳が働く様子を記録することができる、メッシュ状のマイクロエレクトロニクスを開発したことがある。
だが成長した脳では、神経細胞同士がナノメートル単位のきわめて精密なつながりを形成してる。
そのため、どれほど小さく柔らかな電極だったとしても、脳に差し込めば多少の損傷は免れない。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock豆腐のように柔らかい脳組織を傷つけることなく、神経活動を記録するにはどうすればいいのか?
リウ氏らがたどり着いたのは、脳がまだ形を成す前の段階で、あらかじめ柔らかいセンサーを組み込んでおくという発想だ。
こうすれば、成長する組織とセンサーが自然に融合し、無理に差し込む必要がなくなる。
「自然な発達プロセスを活用できれば、三次元の脳全体に複数のセンサーを非侵襲的に配置でき、時間の経過とともに脳活動の変化を継続的に追うことが可能になります。これは誰も実現できていない技術です」と、リウ氏は語る。
この着想をもとに、研究チームはまず幹細胞から培養した脳や心臓のオルガノイド(ミニ臓器)に柔軟な電極をあらかじめ組み込む実験を行った。
結果として、電極は成長する組織に合わせて伸縮し、機能を保ったまま融合。サイボーグ・オルガノイドの作成に成功したという。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStock心臓や脳のオルガノイド(ミニ臓器)で成功を収めたリウ氏らだったが、オタマジャクシの胚に応用するには、さらに大きな課題が立ちはだかった。
「オタマジャクシの胚は、ヒトの幹細胞から作られた組織よりもずっと柔らかかったのです。そのため、電子素材も構造もすべてを見直す必要がありました」とリウ氏は語る。
そこで研究チームが採用したのが、ハーバード大学の知的財産として保護されている新素材「パーフルオロポリエーテル・ジメタクリレート(perfluoropolyether-dimethacrylate)」だ。
これは、生体組織とほぼ同等の柔らかさを持ちながら、極小のナノ加工にも耐えられるフッ素化エラストマーである。
この新素材で作られた電子デバイスを、オタマジャクシの胚の平らな神経板に配置すると、やがて神経板が折りたたまれて脳が形成される過程で、デバイスは組織とともに自然に融合していった。
この画像を大きなサイズで見るオタマジャクシ胚の脳に組み込まれたメッシュ型電子デバイスの模式図/CREDIT: Liu Lab / Harvard SEASこうして誕生した“サイボーグ・オタマジャクシ”は、発生の瞬間からインプラントを体内に持っているにもかかわらず、成長にはまったく影響がなかった。
さらに、ミリ秒単位で神経細胞の電気活動をリアルタイムで記録することにも成功した。
この技術は、リウ氏が2021年に共同設立したブレイン・マシン・インターフェース(BMI)企業「アクソフト(Axoft)」にライセンス供与され、今後さらに実用化が進められる予定だ。
References: Cyborg tadpoles with soft, flexible neural implants / Brain implantation of soft bioelectronics via embryonic development
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。