人はなぜ道頓堀に飛び込むのか?ー祝祭的雰囲気の中のファン心理(原田隆之)

 阪神タイガースが史上最速で2年ぶりの優勝を決めた夜、大阪・道頓堀には再び多くの人々が集まり、川へ飛び込む姿が繰り返し報道されました。

 警察は事前に「優勝が決まっても飛び込まないように」と再三の警告を発しており、当日も1000人を超える警察官が配備され、人々を制止していたにもかかわらず、多数の人がそれを振り切って飛び込みをしました。

 道頓堀川は汚染がひどく、NHKの報道によれば「便器の水に飛び込むのと同じくらい汚い」とも言われています。また、2003年には死者も出ています。

 重大な事故につながりかねない危険行為として社会的に強い懸念も示されているなか、どうして「道頓堀ダイブ」をする人が一向に減らないのでしょうか。

集団同調と社会的アイデンティティ

 飛び込みは多くの場合、単独ではなく群衆の中で生じます。社会心理学の研究が示すように、人は集団状況下で強い同調圧力を受け、自分の行動を仲間の行動に合わせやすくなります(Asch, 1955; Turner, 1987)。

 阪神ファンにとって「道頓堀ダイブ」は、強い連帯感で結ばれた熱狂的なファン同士が、その喜びを分かち合うための極端で目立つ方法として機能します。観衆の喝采や仲間からの承認は、この行動をさらに強化する要因となります。

リスク認知の低下と非日常性

 汚染された川への飛び込みは、先に述べたように現実的には大きな危険を伴います。しかし、リスク認知に関する研究は、人が楽しさや社会的承認と結びついた状況では危険性を過小評価する傾向を示すことを明らかにしています(Slovic, 1987)。

 特に、優勝直後の高揚感や祝祭的雰囲気は「非日常性」を強調し、抑制を弱めます。加えて、群衆の存在による社会的促進効果(Zajonc, 1965)や、アルコール摂取の影響が加わることで、普段なら選択しない危険な行動が「許される」「面白い」と感じられやすくなるのです。

自己顕示と承認欲求

 現代においては、飛び込みの映像や写真がSNSやニュースを通じて即座に拡散されます。自己呈示理論の観点からみれば、飛び込みは観衆やメディアに向けた「パフォーマンス」として解釈できます(Goffman, 1959; Hogan, 2010)。

 この行為を通じて人は「熱狂的なファン」「面白い人物」として認知され、承認欲求や一時的な自己価値感の高まりを得るのです。

 特に若者層にとっては、この可視性こそが参加の大きな動機になっていると考えられます。また、大阪という土地柄「面白い人物」という評価は、文化的にも重要な意味を持つのかもしれません。

 さらに、彼らはマスコミが必ず来るということを意識しています。今回も多数のメディアが、飛び込む姿の写真や映像を撮って報道しています。つまり、メディアが彼らを刺激している側面も無視できません。

逸脱行動の社会的機能

 規範的にみれば、道頓堀への飛び込みは明らかな逸脱行動です。しかし、社会学や社会心理学の視点では、普段は許されない行為であるからこそ、それが「集団の一体感」を強化する機能を持つ可能性があります(Collins, 2004)。

 祝祭という非日常的状況では、規範が一時的に緩み、逸脱がファンの間での一種の「文化儀礼」として正当化されます。

 阪神優勝に伴う飛び込みは、ファンの間では「当然行うべき行為」として暗黙の裡に認識され、その象徴性によって「ファンの忠誠心」を示す儀式として意味づけられているのです。

個人要因:衝動性とスリル追求

 ただし、当然のことながら誰もが飛び込むわけではありません。衝動性の高さや 刺激希求性が高い人は、強い刺激やリスクを好むため、このような行為に参加しやすいと考えられます(Zuckerman, 1994)。

 アルコールの摂取や一時的な感情高揚も衝動性を増幅させます。つまり、飛び込みには集団的要因に加えて、個人の心理的特性が寄与しているのです。

総合的理解と課題

 以上をまとめると、道頓堀への飛び込みは、①集団同調による同一化、②非日常的高揚によるリスク認知の低下、③承認欲求と自己顕示、④逸脱行動の社会的機能、⑤衝動性や刺激希求性といった個人要因などといった複数の要因が組み合わさって発生する行動であるといえます。

 そのため、単純に「危険だから禁止」と呼びかけるだけでは行動を抑止することは難しいでしょう。今後求められるのは、祝祭の高揚を安全に表現できる代替行動の提供や、地域文化としての伝統を安全な形で再構築する取り組みです。さらには、飛び込みができないような物理的対策を講じることも必要かもしれません。

 たとえば、東京の渋谷ではハローウィンの乱痴気騒ぎを防止するため、区長が「渋谷には来ないで」と呼びかけたほか、酒類の販売自粛や路上飲酒禁止を呼び掛けたりなどの対策が取られました。

 その結果、近年では人出が大きく減少しただけでなく、「いまだに渋谷でハローウィーンなんてダサい」という雰囲気すら生まれています。

 こうした取り組みを参考にしながら、今後は心理学等行動科学の知見を取り入れた実効性のある対策を考える必要があるでしょう。

参考文献(抜粋)

  • Asch, S. E. (1955). Scientific American, 193(5), 31–35.
  • Collins, R. (2004). Interaction ritual chains. Princeton University Press.
  • Goffman, E. (1959). The presentation of self in everyday life. Anchor Books.
  • Hogan, B. (2010). Bulletin of Science, Technology & Society, 30(6), 377–386.
  • Slovic, P. (1987). Science, 236(4799), 280–285.
  • Turner, J. C. (1987). Rediscovering the social group: A self-categorization theory. Blackwell.
  • Zajonc, R. B. (1965). Science, 149(3681), 269–274.
  • Zuckerman, M. (1994). Behavioral expressions and biosocial bases of sensation seeking. Cambridge University Press.

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