高橋一生と井浦新が語り尽くす「岸辺露伴は動かない 懺悔室」【インタビュー】
――おふたりが初対面したのは、本作の顔合わせの場でしょうか。
高橋:そうですね。本読み(台本の読み合わせ)の時が最初でした。
井浦:「岸辺露伴は動かない」の世界にとうとう入ってきたと初めて実感した瞬間でした。そして、(高橋)一生くんがいることで「本当にやっていくんだ」と覚悟を決めなければならないときでもありましたね。本読みは椅子に座った状態で行っていましたが、一生くん演じる露伴の声が聞こえてくるとゾクゾクしてしまいました。そうしたワクワクや緊張を隠して「俺は田宮でいるぞ」と言い聞かせていました。その日は一日ドキドキしながら過ごしていました。
――読み合わせ時からシナジー効果があったのですね。おふたりの次なる再会は衣装をまとって現場で――だったのでしょうか?
高橋:いえ、次は空港でした。ヴェネツィアに行く道中の乗り継ぎの際にみんなで集合して「改めてよろしくお願いします」と挨拶をしてからヴェネツィア入りしました。
井浦:みんなで一緒に行けたのが良かったです。そこから約1カ月間は合宿状態で共に過ごしました。
――岸辺露伴のルックになった高橋さんをご覧になったとき、井浦さんはどう感じましたか?
井浦:ニヤニヤが止まりませんでした。こうやって現場に参加できたからこそわかったことですが、露伴の衣装一つとってもものすごく細かいディテールがあるのです。一生くんからも「前回はこうでしたが、今回はこれぐらいジャンプしているんです」といったアップデート部分を解説いただき、感心しきりでした。いち視聴者だったら気づけない部分まで知ることができて嬉しさと驚きを感じつつ、「岸辺露伴は動かない」チームの緻密さをより深く知れた気持ちです。
支度場チームのメイクも然りで、「アイラインを一筆書きにするのではなくこうした方が田宮っぽいですよね」等々の美学を持って人物造形を立ち上げて下さいました。こうやって緻密に世界観を作り上げているからこそ、このシリーズは視聴者を魅了できているのだと得心した出来事でした。漫画原作の実写化はやはり大変なものですが、その中でも本シリーズは仕込みにおける準備のレベルや熱量が違うと思います。ここまでしてくださっているのだから、自分も最大限に楽しまなければいけない、と思いました。
――これまでも巨大アワビとのバトルがあったり(「密漁海岸」)、本作ではポップコーンキャッチ等、「本当に実写でやるのか!」と驚かされるシーンが多々ありましたね。
――高橋さんは井浦さんと対峙した際、「思っていた以上に感情が出た」と仰っていましたよね。幸福をコントロールされることへの怒りが、ある種の生理現象的に強く表出されたと。いまお話しいただいた積年の想いも要因だったのでしょうか。
高橋:それもありますし、正直言って今までは出し惜しみしていた部分もあると自分では思います。きっと初期でも全部出し切ることはできたでしょうが、“いまここでそれをやると全てが叶ってしまう”“ここで完結する可能性が出てきてしまう”といった心理が働いて、わざと次に課題を残していくスタイルでやっていたところがありました。そうしたなか、原作のファーストエピソードである「懺悔室」で“一端全部入れ込んでみよう”という感覚になった部分もありますし、意識的に課題を残さずとも露伴の奥行きが広がってきた部分もあります。
というのも、演じている期間で「ホットサマー・マーサ」等の新エピソードが発表されてきたから。例えば「ドリッピング画法」ではこれまでにないくらいヘコんでいる露伴を見られて、また新しい一面を知ることができました。自分がお芝居で出力している一方で、リアルタイムで露伴の人格が広がっているわけです。荒木先生もドラマや映画を受けて新たなエピソードを描いてくださっているのだと感じますし、僕もこうした実写と漫画の文通が楽しくて、もっとずっと続けていたいという想いもありました。「懺悔室」はこれまでの集大成――という想いは確かに存在していましたし、ここに至るまでの経過で醸成されてきたものもありますが、いまお話ししたような想いも組み合わさっているようには感じます。
――連載中のシリーズものだからこそ生まれた感情でもあるのでしょうね。
高橋:そう思います。第1期が始まる前はまだエピソードのストックがたくさんある状態でしたから「小説版もやる可能性があるな、この話面白いよね」とその時点でのできる/できないの選別をしていくわけです。例えば今回の「懺悔室」は映画の尺に合わせてオリジナル展開が盛り込まれていますが、原作のページ数的な厚みに応じてスタッフの方々が考え抜かれた結果、第1期は「富豪村」「くしゃがら」「D.N.A」というラインナップになりました。そして第2期は「ザ・ラン」「背中の正面」「六壁坂」になり、とてもスムーズな流れで今回「懺悔室」にまで来ることができた。実写においては、これ以外の方法論はなかったように思います。
次はいよいよ「懺悔室」と聞いて身が引き締まったのは、ファーストエピソードであることと、これまで積み重ねてきたものを使わない限り乗り越えられない作品という直感があったからです。先ほどもお話しした通り、短くて強度がある原作を映画的な尺に変換した際にどれ程の強度を持たせられるかは強く意識していました。かといって僕にできることは芝居することに尽きるのですが。
井浦:言い方が的確ではないかもしれませんが、本当に気持ちよく騙してくれる感覚がありますよね。僕自身、演じながら原作と映画オリジナルの境目がわからなくなっていました。
高橋:集英社の編集者の方々が試写に来て下さったのですが、同じようなお話をされていました。継ぎ目がわからなくなるほどに世界観が馴染んでいると。脚本の中では原作の物語はここまでで、ここからが映画オリジナルというふうには分かれているのですが、しっかりと物語上の転換点として映っているんです。編集者の方々が「ものすごく『岸辺露伴は動かない』の世界観でした」と言って下さって、とても嬉しかったです。お話ししていて、おべんちゃら抜きでそう言って下さるのはわかりますから、大いにホッとしました。
――本作の公開に先んじて原作の新エピソード「ブルスケッタ」が発表されましたが、この先も「続いていく」のも幸福なことだと感じます。
このシリーズでは不思議なことに、初めて参加して下さったキャストの皆さんとずっとご一緒してきた感覚になれます。それぞれが持ち寄ってくるものといいますか、“こういうものを出そうと思っている”とお芝居で提案して下さってその都度融合していく感覚は、「岸辺露伴は動かない」のチームが経験値という時間を経たからなのではないかと思います。ようやくこの境地にまで来られた感覚を持ちながら、毎回幸福に撮影できています。
撮影後の別れ際に日本とヨーロッパのスタッフさんが離れがたい雰囲気でずっと話し込んでいたのも印象に残っています。現地のスタッフの方々は「日本に行くから現場を見学させてほしい」と約束をしあっていたり、みんなが愛おしくなる場でした。どんな現場でも必ず起きるわけではありませんから、本当に素敵な奇跡を見た思いです。