中森明菜還暦60歳誕生日きょう 「夜のヒットスタジオ」名場面に涙の「難破船」、井上陽水と玉置浩二を前に堂々たる歌姫の姿
7月13日は明菜の還暦、60歳の誕生日。そんな誕生日に、稀代の歌姫・中森明菜をたっぷり味わえる様々な映像が蔵出しされる。その中でも「夜のヒットスタジオ」(フジ系)に出演した明菜には伝説級の名シーンが数多く残る。人気音楽評論家・スージー鈴木さんに、令和のいまこそ見たい、中森明菜の“夜ヒット名場面”を聞いた。
【写真】中森明菜「夜のヒットスタジオ」歌で変幻自在な姿はこちら!
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1982年5月1日に「スローモーション」で16歳でデビューした明菜は7月13日に60歳に。還暦祝いとして、誕生日になった午前0時ぴったりにYou Tubeのワーナーミュージック・ジャパンの公式チャンネルで「中森明菜Best Performance on NHK in July, Vol.2」と題した動画が公開された。80年代に出演したNHKの番組での歌唱映像を4Kデジタルリマスターで配信する第二弾で、貴重な蔵出し映像が満載だ。公開されたラインナップは以下で、なかなか渋いセレクトと言える。
1.「トワイライト-夕暮れ便り」(NHKレッツゴーヤング 1983/7/24)
2.「北ウイング」 (NHKレッツゴーヤング 1984/7/29)
3.「サザン・ウインド」 (NHKレッツゴーヤング 1984/7/29)
4.「ジプシー・クイーン」 ( NHKヤングスタジオ101 1986/7/13)
5.「SOLITUDE」 ( NHKヤングスタジオ101 1987/7/12)
6「BLONDE」(NHKヤングスタジオ101 1987/7/12)
「中森明菜 in 夜のヒットスタジオ フジテレビTWOセレクション」メインビジュアル/フジテレビTWO公式HPより誕生日の午後10時からは、伝説的な歌番組「夜のヒットスタジオ」に出演した際の歌唱シーンを集めた「中森明菜 in 夜のヒットスタジオ フジテレビTWOセレクション」(CS放送・フジテレビTWO ドラマ・アニメ)の放送。「夜ヒット」での明菜がたっぷり2時間、全35曲が見られるというのはファンにはたまらない。
1968年11月に放送が始まった「夜ヒット」は、ジャンルを問わず、歌手が一堂に集い、それぞれの歌を“生演奏し、フルコーラス”するのを基本とした歌番組。放送当日にハプニングも多々あり、出演したアーティストの中には、番組での“伝説”を持つ人も多い。そんな「夜ヒット」での明菜の名場面を「中森明菜の音楽 1982-1991」(辰巳出版)の著書もある人気音楽評論家のスージー鈴木さんに厳選してもらった。
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明菜の著書を執筆する際に一から聞き直したというスージーさんが、一番最初にあげたのは、「夜ヒット」で87年に放送された「Back door night」だ。「セカンド・ラブ」(82年)、「禁区」(83年)、「DESIRE -情熱-」(86年)といった誰もが知る大ヒット曲ではないセレクトだ。
「今回の番組でも放送される予定のものです。明菜作品の中で一番、文字通り不思議な『不思議』というアルバムに入っている一曲です。ボーカルの声が奥まっていて、エコーがきいている。買った人から『聞こえない』『不良品ではないか』とクレームが殺到したという作品。86年の夏に発売されて、非常に実験的です」
そんな一曲をスージーさんがあげた理由は?
「『Back door night』は曲も不思議で、かなりアート。『夜ヒット』でのパフォーマンスは、アイドルでもなければ、歌謡曲でもない、80年代の最も不思議で実験的な世界を表現していて、ある意味で歴史に残るパフォーマンスかなと思います」
いまこそ見るべき理由を、こう話す。
「『夜ヒット』では、動く“不思議”を目で見ることができ、“あぁ、こういうことを表現したかったんだ”とわかりました。歌も堂々としたもので、ファッションもおしゃれで、必見です。明菜は誰もが知るヒット曲『少女A』や『DESIRE~情熱~』で語られることが多いのですが、アナザーサイドとして、アルバム『不思議』がある。当時を知らない人がこれを見たら驚くと思います。50万枚ほど売れたものの、聞き込んでいる人も多くはないはずですし」
「飾りじゃないのよ涙は」1987年12月30日放送
中森明菜のシングル「飾りじゃないのよ涙は」(ファン私物 撮影/中村隆太郎)「飾りじゃないのよ涙は」は、今回の番組では84年11月19日の放送回の映像が流れるが、スージーさんが選んだのは87年末だ。
「87年の大晦日前夜に放送された『夜ヒット』。年末の特別番組みたいな感じの企画ものではあるのですが、このときの明菜は『飾りじゃないのよ涙は』を井上陽水と玉置浩二を後ろに従えて、堂々と歌い上げるんです。この瞬間、明菜は歌謡曲とかアイドルとかの枠を飛び越え、当時絶頂を極める2人と肩を並べるような存在になった。2人の振る舞いも明菜をボーカリストとして、ちゃんと認めたようなパフォーマンスでした。このときの明菜は22歳ですが、本当に堂々としたもの。何回も再放送されているので、この『飾りじゃないのよ涙は』をご存じのファンは多いと思いますが、井上陽水+玉置浩二、その前で中森明菜が歌う――。こんな組み合わせ、普通なら勇気がなくて出来ないですよね(笑)」
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言わずもがなの名曲「難破船」は、「夜ヒット」では何回も歌い上げているが、スージーさんが選ぶのは、88年1月6日の放送。
「井上陽水と玉置浩二を引っさげて『飾りじゃないのよ涙は』を歌った放送から年が明けて88年の年明け一発目。これは一番有名な『難破船』で、明菜といえばコレ!」と、言い切る。88年1月6日の放送には、『難破船』の作詞・作曲をした加藤登紀子と、近藤真彦が出演していた。
「加藤から『難破船』という曲を『中森明菜に歌ってもらいたい』と言ったという逸話があります。明菜が22歳の誕生日に『おめでとう』と周囲から言われたときに『22なんて大っ嫌いです』と言ったのを知った加藤は、『難破船』という曲の主人公に明菜を選んだ。そんな『難破船』の生みの親、加藤が後ろにいて、当時の恋人と言われるマッチがいる」
放送で流れるのは87年09月30日分だが、スージーさんが選んだ88年1月6日の「難破船」は“憑依度ナンバー1”という。
「ボーカルのコンディションは正直100点満点ではないのですが、そのときの衣装は和服で、途中から涙を流す。その涙が視聴者に“明菜に何があったのか?”と思わせる、非常に有名なパフォーマンスです。彼女にとって特別な存在がいたからかもしれませんね。当時は、ひとつの空間に人気絶頂の歌手たちが集まる歌番組は『夜ヒット』だけじゃなく、『ザ・ベストテン』(TBS系)など、たくさんあった。そうした場だからこそ、生まれるドラマがある。明菜の魅力はボーカリストとしてだけではなく、アクターというか、歌の世界にずっぽりとハマる“憑依”にもある。そういう歌手が最近いない中で、明菜自身が歌から醸し出す世界観が素晴らしい。特に『難破船』は憑依の点において代表曲。その中でも、この放送は憑依度ナンバー1じゃないですかね」
「S・O・S」1988年11月23日
今回は放送されないが、番外編としてスージーさんが選んだのは、ピンクレディーの「S・O・S」を完璧な振りつけで歌う明菜と小泉今日子(キョンキョン)!
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「明菜は65年7月、キョンキョンは66年2月生まれ。ともに60歳を迎えるふたりを中間地点にして、今の55~65歳女性はみんなピンクレディーを踊れるんじゃないですかね(笑)同期生でいまでもリスペクトし合う仲ですが、無邪気に歌い踊る姿が、とても楽しそうなんです」
ピンクレディーを歌って踊る貴重な映像だが、明菜が還暦を迎えるいまだからこそ、とスージーさん。
「キョンキョンは自身のラジオ番組で明菜の曲をかけたり、別冊『太陽 小泉今日子』のインタビューで、カラオケの十八番は『スローモーション』と答えたりしています。同期生で、リスペクトし合う2人。ピンクレディーを無邪気に踊っている映像を、いま見たうえで、のちの人生を振り返ると……。月9ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』(フジ系)で新しい還暦の姿を見せるなど、常に時代の最先端をいくキョンキョン。活動休止もあったけど、還暦を前に少しずつまた歌い始めてきている明菜。この映像を起点として、明菜還暦までの人生に思いを馳せると、感慨深いものがありますね」
番外編を含めて、どれも名場面中の名場面だ。還暦を迎えた明菜へ期待することについて、「音楽が好きな人であることに間違いはないので、いまみたいに、自分のペースで自分の好きなように、好きな曲を歌って、あまり周りのことを気にせず過ごしてほしい。細く、長く」と言う。
ここにあげた「夜ヒット」の名場面からは明菜の色々な表現が見えてくる。還暦を過ぎ、これからどんな姿を見せてくれるのか。楽しみでしかない。
(AERA編集部・太田裕子)
◎スージー鈴木/音楽評論家、ラジオDJ、作家。昭和歌謡から最新ヒット曲まで、幅広い領域で音楽性と時代性を考察する。近著に「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」(ブックマン社)のほか、「中森明菜の音楽1982-1991」(辰巳出版)「桑田佳祐論」(新潮社)「サザンオールスターズ1978-1985」(新潮社)「EPICソニーとその時代」(集英社)「平成Jポップと令和歌謡」(彩流社)、「大人のブルーハーツ」(廣済堂出版)など著書多数。近著に「沢田研二の音楽を聴く1980―1985」(日刊現代)。
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