「プーチンが倒れれば平和になる」は間違っている…国際政治学者が危惧する「プーチンの次」と第三次世界大戦(プレジデントオンライン)
第三次世界大戦は起きるのか。国際政治学者の細谷雄一さんは「プーチンの侵略は許されるべきではないが、そこに至るまでの経緯は知る必要がある。そこから得られた教訓をもとに、何ができるかを考えなければいけない」という。『危機の三十年』(新潮選書)の刊行を機に、ライターの梶原麻衣子さんが聞いた――。(第2回/全2回) 【画像をみる】2026年3月9日、ウラジーミル・プーチン大統領 ■プーチンが犯した取り返しのつかない判断ミス ――ロシアが始めたウクライナ戦争は5年目に突入しました。歴史的な視座から眺めた際に、ロシアによるウクライナ戦争はどのようにとらえられるのでしょうか。 【細谷】歴史をさかのぼってみると、18世紀初頭に大北方戦争が起き、スウェーデン帝国と帝政ロシアが戦いました。結果、それまで北欧の覇権国だったスウェーデンが敗れ、ロシアがバルト海の覇権を握ることになりました。しかし今回のウクライナ戦争で、ロシアはこのバルト海、北欧での覇権を失うことになるのではないかと考えています。 バルト海は現在、NATO加盟国で包囲されています。ロシアは本来であれば、ウクライナに侵攻することでバルト海を含む周辺地域での影響力を復活させることが目的だったはずです。そもそも冷戦時代には、バルト海はソ連の勢力圏がそれを取り囲んでいたのですが、自ら誤った戦略を選択した結果として、むしろそこでの影響力を失っているのです。それまで中立国だったフィンランド、スウェーデンがロシアの侵略に対する不安感から、NATO加盟国になってしまいました。 ロシアからすれば意図したこととは逆の結果になっているわけで、ロシアにとっても歴史上取り返しがつかないほどの致命的な戦略的判断ミスを犯したのではないかと考えています。
■「ゴルバチョフは帝国の裏切り者」 ――何がロシア、プーチンを駆り立ててきたのでしょうか。 【細谷】『危機の三十年』でも書きましたが、アメリカや欧州など西側諸国が展開してきた外交政策や東欧諸国への働きかけが、ロシアにとっては自らの影響力を封じ込めるものであると認識されていました。 また、プーチンにとってソ連崩壊の衝撃は大きかった。当時のゴルバチョフが手掛けたことは、既に機能マヒに陥っていたソ連のシステムを大きく改革するためだったのですが、プーチンからすれば自分たちの帝国が国内の裏切り者に破壊されたように見えるわけです。ゴルバチョフが西側に媚びたことでソ連は転覆させられたのだ、と。 第二次大戦で大きな犠牲を払って戦勝国になったのに、冷戦期のかじ取りを間違えたために、帝国を切り取られることになってしまった。おかしいじゃないか、というわけです。 そうしたロシアの鬱積した不満や強いナショナリズムは、プーチン個人だけが抱えているものではなく、むしろプーチンが国民の不満を代弁している部分もあったのだろうと見ています。 ウクライナ戦争はその表出です。プーチンは戦争という非常に強硬な手段に出ていますが、それによってある程度、国内のナショナリズムを抑制している側面も実はあるのではないか。そう考えた場合、プーチン後により強硬な指導者が出てくる可能性があります。 ■ロシアが西側から離れていった契機 【細谷】1917年のロシア革命も、二月革命ののちに十月革命が起きましたが、1度目の革命の際には比較的穏健な臨時政府が成立したものの、2度目の革命でボルシェビキが台頭してきました。あるいは1990年の、より西側世界と協調的だったエリツィン政権から敵対的なプーチン政権へと移行したように、プーチン後により過激な指導者が出てくる可能性があります。 今後の行方を考える際にはさまざまなシナリオがあり得ると思いますが、仮にウクライナ戦争が終わったとしても、ロシアの中で西側に対する強い怒りや不満が充満し、それに再び火が付くような状況を避けなければならない。そのための努力が、ロシアだけでなく国際社会にも求められるでしょう。 ――『危機の三十年』では、西側もロシアに歩み寄り、またロシア側、プーチン自身も西側に融和的だった時期があったにもかかわらず、現状に至った経緯に触れています。 【細谷】ロシアが西側から離れていった契機として、一つにはエネルギー価格の上昇による、西側諸国からの経済的自立があげられます。ソ連崩壊後、ロシアに対して米独など西側諸国はロシアを経済的に支援してきました。ロシア側にもそうした支援に対する感謝は一定程度、あったと思いますが、その後はエネルギー輸出国となり、西側に経済的に依存しなくてよくなった。これがロシア政治や世論に影響を及ぼした面があります。