原油が支えていた世界のお金の仕組み 湾岸諸国の亀裂が意味するもの
ガソリンスタンドの表示価格を見て、ため息をつく。円安だから仕方ない――そう思いがちですが、原油の値段を左右しているのは為替だけではありません。ペルシャ湾岸の小さな国々が静かに関係を変えつつあることが、私たちの暮らしにも影を落としかねない状況が生まれています。
朝日新聞ポッドキャスト「報談」で、中東取材の経験を持つ神田大介記者と、政治・国際報道畑を歩いてきた冨名腰隆記者が語ったのは、「湾岸6きょうだい」と神田記者が呼ぶ国々の間に吹き始めたすきま風と、それが世界のお金の仕組みそのものを揺るがしかねないという話でした。
※本記事は、ポッドキャスト音源を生成AIで文字起こしし、音声チームと出演者が確認・校正したうえで公開しています。
中東のニュースで「湾岸諸国」という言葉を見かけても、具体的にどの国を指しているのか、すぐに答えられる人は少ないかもしれません。
経済や防衛分野の連携を目的とした湾岸協力会議(GCC)に加盟しているのは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーン、クウェート、カタール、バーレーンの6カ国。番組ではこれを「湾岸6きょうだい」と呼び、人口の多い順に紹介していきます。
日本が輸入する原油の大部分は湾岸諸国からホルムズ海峡を通って届く長男・サウジアラビアは人口約3500万人、国土は日本の約6倍。1人当たりの国内総生産(GDP)は日本とほぼ同じです。次男・UAEは人口約1100万人ですが、外国人比率が約9割。街中で「UAE人」に出会うことはめったにないといいます。
「空港の入管にいる人は全員UAE人ですけど、街をブラブラしている人はほとんど外国人」と神田記者。オマーンは中東のスイスと呼ばれるほど中立外交を貫き、クウェートは湾岸戦争後にエジプトからの出稼ぎ労働者が増え、カタールは天然ガスで1人当たりのGDPが日本の約2倍、バーレーンは6カ国の中で最も早く「脱・天然資源」にかじを切った金融の国。
ひとくくりに「湾岸」と言っても、それぞれの事情はまるで違います。
「もう兄さんの言うことは聞いてられない」
そんな6カ国の結束に、はっきりとしたひびが入りました。2026年5月、UAEが石油輸出国機構(OPEC)を脱退したのです。
OPECは1960年に設立された産油国のグループで、加盟国が協調して原油の生産量を調整し、価格を安定させる役割を担ってきました。もともとは欧米の巨大石油資本に安く買いたたかれていた産油国が、自分たちの資源を守るために結束した組織です。
UAEで2004年3月、製油所のタワーを下りる技術者=APサウジアラビアは原油価格を高く維持したい。そのためには増産を抑えるべきだという立場です。一方、UAEはまったく逆の考え方を持っています。
「UAEの考え方は、原油なんてさっさと掘っちゃってお金に換えて、新しいビジネスに投資した方がいい、というもの。サウジは安定を重んじるけど、UAEはベンチャー精神的な感じがある」と神田記者は説明します。
シェール革命でアメリカが世界最大の産油国になり、核融合などの新エネルギーの開発も進む中、「高く売れるのは今のうちだ」というUAEの判断には一理あります。OPECの中でUAEは加盟国全体の約15%の産油量を占めていたとされ、その離脱は組織にとって小さくない痛手です。
イエメン、ソマリア、スーダン……広がる「代理戦争」
対立は原油だけにとどまりません。イエメンでは、国連が認める政府側をサウジが支援する一方、UAEは第三勢力を後押ししています。スーダンでも政府側にサウジ、反政府側にUAEがつくという構図が生まれています。
サウジが安定を求めて既存の政府を支援するのに対し、UAEは反政府勢力を含む新興の勢力に投資する。勝てば自国に有利な関係を築ける。そんな機動的な外交が、結果として同じGCCの仲間であるサウジとの摩擦を生んでいます。
さらにUAEはイスラエルとの関係を急速に強化しています。イランからのドローンやミサイル攻撃を受けたUAEにとって、イスラエルの防空システムは魅力的です。「アメリカは全然守ってくれなかったじゃない。それなら、本当にやってくれるイスラエルの方がいい」。そんな空気が広がっているといいます。
イスラエルのテルアビブで2025年6月13日、ミサイルを迎撃するため、イスラエルの防空システム「アイアン・ドーム」が作動した=AP話は、私たちの日常にもつながります。
世界の原油取引は、基本的に米ドルでしか行えません。これは1974年、当時のキッシンジャー米国務長官がサウジアラビアと密約を結んだことに始まるとされています。「原油はドルでしか売らない。その代わりアメリカはサウジの安全を保障する」という取り決め、「ペトロダラー」体制です。
この体制があるからこそ、世界中の国がドルを必要とし、ドルの価値が保たれ、アメリカは膨大な貿易赤字を抱えても経済が回ってきました。日本が原油を買うにも、まずドルを手に入れなければなりません。
伊勢湾シーバースに到着した出光興産の原油タンカー・出光丸=2026年5月25日、愛知県知多市沖、メ~テレヘリからところが今、この仕組みが揺らぎ始めています。サウジアラビアやイランが、原油取引の一部を中国の人民元で行うようになっているのです。
「サウジにとって最大の貿易相手は中国。アメリカの3倍も4倍もある。しかも中国からは買いたいものがたくさんある。スマホも自動車も。だったら人民元で取引した方が合理的でしょう」と神田記者は指摘します。
「守ってくれるはずの人」がいなくなったとき
イラン戦争でアメリカが湾岸諸国を十分に守れなかったことは、ペトロダラー体制の前提そのものを揺るがしています。「あれだけ約束したのに守ってくれなかった。じゃあドルを支える義理もない」。そんな感情が、産油国の間に広がりつつあるのかもしれません。
韓国・釜山での首脳会談を前に、トランプ米大統領(左)のそばで手を振る中国の習近平国家主席=2025年10月30日、APその隙間に入り込んでいるのが中国で、ホルムズ海峡を回避して原油を輸出するパイプラインの建設を中国企業が請け負っています。「困ったときに助けてくれた相手を、中東の人たちは忘れない」と神田記者。新たに産油国として台頭するアフリカ諸国にも、かねて中国は丁寧に外交を続けています。
原油の決済通貨が変わり、安全保障の枠組みが変わり、同盟関係が組み替えられていく。その変化は、ガソリン価格や円安といった形で、いずれ私たちの生活にも届いてきます。
「仲良し」が崩れるとき、何が起きるのか
収録の終盤、話題は友達関係に移りました。仲が良いことで知られたアイドルグループ「嵐」が活動を終了したように、GCCの結束にも変化がおきる。人と人の関係も、国と国の関係も、一緒にいることを支えていた前提が変わったとき、どうなるのか。
「まとまるということは大事だし、これは集団行動を特長とするホモ・サピエンス(人類)のさがだと思っています」と冨名腰記者が言えば、神田記者は「みんなそれを求めているんだけど、それが一番難しい」と返します。
世界のバランスは、遠い国々の会議室で決まっているようでいて、私たちの財布の中身や、日々のニュースの見え方にも静かにつながっています。湾岸諸国という言葉を次に見かけたとき、その向こうにある六つの国の顔が、少しだけ浮かぶようになっていたら。この対話は、そんな入り口を開いてくれるものでした。
番組紹介
「報談」は、同期入社のアラフィフ記者2人が、いま気になるニュースを語り合うポッドキャストです。冨名腰隆と神田大介が、時に嵐やウルトラマンの話に脱線しながら、ニュースの奥にある構造や問いを、雑談の手触りのまま掘り起こしていきます。
湾岸諸国について話す、神田大介記者(左)と冨名腰隆記者(右)(冨名腰)中国が中東諸国に接…