戦力外で介護士転身も…「100倍きつかった」 想像以上だった"現実"「なんでこんなことを」
2016年ドラフト2位で西武に入団した中塚駿太氏は、2021年オフに戦力外通告を受けた。NPBという華やかな舞台を離れた右腕が次に選んだのは、クラブチーム「ジェイファム」での新たな挑戦だった。介護士として働きながら野球を続ける――。その日々は、想像以上に過酷だった。
戦力外通告後、12球団合同トライアウトを経て「ジェイファム」に入社。会社が運営する介護施設に配属され、1年目は草刈りや掃除に追われる毎日だった。2年目に介護資格を取得すると、ヘルパーとして本格的に勤務。朝7時から13時まで働き、仕事を終えると敷地内のグラウンドで約2時間、汗を流した。介護士の仕事は大変だと聞いていたが、実際に飛び込んだ現場は想像を大きく覆す厳しさだった。
「結婚して子どももいたので、しっかり働かないといけないと思いました。お年寄りと一緒に遊んだり、ご飯を作ったり、散歩に出かけたりしていましたが、認知症の方の対応もありました。正直、想像の100倍きつかったです」
チームは都市対抗出場を目標に掲げていた。神奈川という激戦区で、東芝やENEOS、三菱重工Eastなどの強豪企業チームに勝つため、限られた時間の中で練習を重ねた。しかし、現実は甘くなかった。会社が経営難に陥り、入部からわずか2年で休部が決定。再び進路を模索する日々が始まった。
「経営状況が良くないのはなんとなくわかっていたので、驚きはなかったです。休部が決まってからは、ハローワークに行って仕事を探しながら、失業保険の手続きもしました。パソコンの使い方も全然分からなくて『なんで俺、こんなことしているんだろう』って思いました」
思い出作りが転機に「自分はここで身を引こうと」
転機となったのは、思い出作りのつもりで参加した自身2度目の12球団合同トライアウトだった。ルートインBCリーグの信濃グランセローズから声がかかり入団。コーチ兼任として若手投手の指導にも携わった。
「教える立場になって初めて、現役時代にコーチに言われていたことの意味が分かりました。久しぶりに1日中野球ができましたし、いい2年間でした。NPBに戻りたいという気持ちはなかったので、自分はここで身を引こうと引退を決めました」
昨年、現役を引退。クラブチーム、独立リーグでの経験は、NPBの環境がどれだけ恵まれているか、身をもって知るいい機会になった。給料、道具、食事、移動環境、すべてが当たり前ではなかった。
「NPBを離れてからじゃないと分からないことがたくさんありました。NPBにいたときと同じ感覚で、アマチュアで野球をやるのは絶対に無理です。現役の選手たちには、自分がどれだけ恵まれているのかわかってほしい。毎日、感謝の気持ちを忘れずに過ごしてほしいです」
介護士時代には、仲良くなった高齢者へユニホームをプレゼントしたこともあった。「いい社会勉強になりました」と振り返る中塚氏は、今年からライオンズアカデミーのコーチに就任し、子どもたちの指導に当たっている。NPB、クラブチーム、独立リーグと歩んできた野球人生。そこで得たすべての経験が、第2の人生の糧となっている。
(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)