比嘉大吾と堤聖也が揺らした脳、魂、そして命 負ければ転落人生、36分間でつくられた2人の空間
ボクシングのWBA世界バンタム級(53.5キロ以下)タイトルマッチ12回戦が24日、東京・有明アリーナで行われ、王者・堤聖也(角海老宝石)と挑戦者の同級4位・比嘉大吾(志成)が激突した。2020年に一度は引き分けた、高校時代からの親友同士の決着マッチ。同学年の2人が歩んだそれぞれの軌跡を「比嘉編」「堤編」「完結編」の3回にわたってお送りする。第3回は「完結編」
ボクシングのWBA世界バンタム級(53.5キロ以下)タイトルマッチ12回戦が24日、東京・有明アリーナで行われ、王者・堤聖也(角海老宝石)と挑戦者の同級4位・比嘉大吾(志成)が激突した。2020年に一度は引き分けた、高校時代からの親友同士の決着マッチ。同学年の2人が歩んだそれぞれの軌跡を「比嘉編」「堤編」「完結編」の3回にわたってお送りする。第3回は「完結編」
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29歳、互いにボクサー人生を懸けた世界戦。歴史的名勝負で前評判以上の激闘を演じた。36分間の試合で何を思って戦ったのか。交わした言葉とは。リング上には2人だけの空間ができていた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
◇ ◇ ◇
好きなヤツだから、ボクシングを続けてくれて嬉しい。でも、その競技人生を終わらせる役目が自分に回ってきた。試合10日前の公開練習、堤の言葉は敵意に満ちていた。
「比嘉大吾の最後の試合だと思っている。応援したい思いもあるけど、それと今回僕が彼の人生を潰すにあたっては全く別のこと。あの局面の人間は、負ければもう終わりでしょ」
比嘉は昨年9月の世界戦で敗れ、一度は引退を決めながら翻意。2連敗なら、次のチャンスは限りなくゼロに近い。翌日、比嘉は笑って受け流した。
「試合で負けたくらいで人生潰れない。むしろ僕は引退後の方が楽しみ」
次がないのは堤も同じ。負ければ一気に転落していく。自分の価値を上げなければ、統一戦も実現しない。「だから、僕は負けられない。最終的には心と心の勝負になる」
前日計量でフェースオフ。普通なら黙って睨み合うが、比嘉からこっそり話しかけた。「順調そう?」。堤もニヤリ。「明日は全力でやり合おうな」。アマ時代は堤の2戦2勝、プロでは2020年10月に引き分け。互いに同じ言葉に決意を込めた。
「勝つ以外に道はない」
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1万2000人が見守ったリング。前評判以上に熱く燃え上がった。
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初回。堤は瞬時に悟った。「本気の比嘉大吾だ」。初手のパンチに左フックが飛んできた。カウンターを狙う相手にペースアップした4回。頭同士がぶつかり、右まぶたから血を噴き出す。反対コーナーから声が飛んできた。「ごめん!」。笑みを浮かべて応えた。
極端に狭くなった右目の視界。ここには遠慮なんてない。アリーナが熱狂したのが9回だ。残り1分15秒、血だらけの右目側から左拳を顎にもらった。脳が揺れ、ふわっと意識が飛んだ。
目の前の敵がゆっくり流れていく。尻もちをつき、甲高いカウントが聞こえた。「あ、これがダウンか」。人生初めて。「ゾクゾクした」。高揚感に包まれ、また笑う。「楽しめている」。立ち上がってからわずか30秒。ベストラウンドが完成する。
今度は堤の右拳が顎をぶち抜いた。練習で体に染みつかせた一撃。「気づいたら倒れていた」。敵が前のめりに落ちた。再開後の15秒、30発の猛連打。相手の膝には力がない。レフェリーが手を挟む直前でゴングが鳴った。
青コーナーに戻った比嘉に異変が起きた。「自分はどこにいますか? 誰と試合をしていますか?」。錯乱した。野木丈司トレーナーは意識を呼び戻すのに必死になった。「何を言ってもわからないだろう」。赤コーナーから響いた声は「勝負に行け!」。10回のゴングが鳴った。
朦朧としたまま。もう、腹を殴られてもなぜか痛くない。「感覚がなくなった」。何を指示されても、ぬかに釘状態。「自分は誰なんだ」。苦しい練習で植え付けられた技で応戦した。最終12回へ。途切れそうな意識を野木トレーナーと繋ぎとめた。
「大吾、俺がわかるか」
「わかる」
「よし! 一緒に頑張っていこうや。相手は堤聖也だぞ。アイツに負けるなよ。相手のほうがキツいんだよ。絶対に勝ってこい」
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血だらけになっても、最後まで拳を浴びせ続けた王者。記憶が飛んでも、本能で作戦を遂行した挑戦者。
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脳と、魂と、命を揺らした36分間が終了。拍手の中心で2人だけの空間ができた。相手に体を預けないと立っていられない。
堤「最高だよ、お前」
比嘉「覚えてない。全然、覚えてない」
堤「ほんと強かった」
比嘉「どっちでもいい。勝っても負けても、もうどっちでもいい」
堤「いや、お前の夜だよ」
3者とも114-114の引き分け。神様は決着をつけなかった。
ベルトを守り抜いた堤は、素直な感情を吐き出した。
「悔しい。比嘉大吾との世界戦を楽しもう、今までやってきた自分をしっかり信じて戦おう、その気持ちでリングに上がった。ほんと命からがら生き延びた。大吾が勝っても文句を言えない内容。楽しくやれた。きつかったっすけどね。きつかったっすけど、楽しく殴り合えたんじゃないかな。
この前の世界挑戦は、僕の今までの人生が否定されるか、肯定されるかだった。それが達成された後のチャレンジなのでやっぱり全然違う。心の持っていき方が難しかった。でも、相手が大吾だから緊張感を持って、楽しむ気持ちでいられたと思っている」
周囲の感動をよそに、比嘉は柔らかい沖縄訛りの口調でおどけた。
「覚えておりません! すみません! あまり記憶が……飛んでますね。どういう試合だったのかも飛んでいる。やり切りました。でも、俺より野木さんや陣営の方が悔しいと思う。一度は引退を決めて、この試合が決まってからの3か月がまたきつかった。練習を始めた12月からずっと濃かった。また簡単にやるとは言えない。あとから悔しくなってくるのかな。
堤はやっぱり精神が凄い。本当にいい試合。みんなは『(準備期間が)もっとあったら』と思うかもしれないけど、そうしたらまた集中力が切れる人間。結果はついてこなかったけど、良かったんじゃないかな。現役は……もういいかな」
近いうちに会う約束をした。試合後の控室、ふざけた比嘉からほっぺにブチュッ。堤は呆れ顔をつくったが、心底思う。
「大吾、ありがとう。強かったよ」
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)