「ムスリム対応の学校給食」に抗議1000件超え 誤情報がSNSで拡散、自治体は困惑
「ムスリム(イスラム教徒)に対応した学校給食を始めた」-。北九州市で9月、給食を巡るこうした誤った情報がSNSで拡散されて抗議が殺到し、市教育委員会が否定会見を開く対応に追われた。外国人労働者の受け入れなどに伴い、在日ムスリムが増加。公立学校にも児童生徒が一定数通うが、公立学校で宗教や教義を理由とした特別な給食を提供するのは現実的に難しい。誤情報の拡散や抗議に自治体は困惑している。
拡大解釈で「炎上」か
北九州市教委によると9月下旬、ムスリム対応給食の実施というネット上の誤った投稿を基に「日本人が我慢させられている」「少数のムスリムのための対応をするのか」などの抗議が寄せられた。抗議は千件以上に上り、市教委は急遽(きゅうきょ)、会見を開き「決定した事実はない」と説明した。
発端として考えられるのが、「みんなで食べられる給食」を目指して2月に提供したアレルギー食品を除去した給食。市内の公立学校にはアレルギー対応が求められる児童生徒が約2900人おり、給食担当者は日々献立作りに尽力している。その中で今年2月に1日だけ、アレルギーの原因となる28品目を除いた給食を提供し、28品目には豚肉も含まれていた。
SNS上で拡散した誤情報について、記者会見する北九州市教委の太田清治教育長(中央)ら=9月24日、北九州市小倉北区役所令和5年には市議会に対し、ムスリム児童生徒に豚肉やポークエキスなどイスラム教の禁忌食材を除去した給食の提供を求める陳情書が提出された経緯もあった。市教委は調理設備や人材確保、予算面での課題から「宗教上などのあらゆるニーズに対応することは困難」との見解を伝えたが、一部市議が2月の給食について「ムスリムなど宗教にも配慮した学校給食が実施される」とブログで言及。市教委はムスリムに特化した対応ではないと説明しているものの、市議の発信が拡大解釈され、炎上の引き金になった可能性もある。
市教委の担当者は「アレルギーの子供を含め、みんなが給食を食べられるよう栄養士が一生懸命献立を作っており、(誤情報の拡散は)非常に残念」と話す。
「対応するのは困難」
イスラム教は教義上、豚肉や、定められた手順で処理をしていない牛肉、鶏肉などを食べることを禁じている。このため同市を含めて自治体の多くは給食の原材料を公表し、食べられない食品がある場合、弁当やおかずを持参してもらうなどの対応を行っている。
とりわけ近年はアレルギーへの細心の注意も求められており、ある自治体の給食担当者は「命や健康に関わるアレルギー対応も大変な中で、宗教上を理由とした除去に対応するのは難しい」と打ち明ける。アレルギーのある子供を持つ保護者も同様に、弁当を作る努力をしているという。
最近では国際協力機構(JICA)が国内4市をアフリカ4カ国の「ホームタウン」に認定したことを巡り、「移民の受け入れではないか」などの批判や不安が広がり、市側に苦情が殺到。外国人を巡る誤情報から自治体に抗議が寄せられるケースが相次いでいる。
ただ再発防止策を取るのも難しく、北九州市の担当者は「拡散を防ぐ手立てはなく、事実を公式の場でお伝えして理解していただくしかない」と説明する。
「ハラル」提供の例も
早稲田大の店田廣文名誉教授(社会学)の調査によると、日本で暮らすムスリムは令和6年末で42万人と推計され、2年末の23万人の1・8倍に増加。技能実習生としての来日が多く、とりわけインドネシア国籍のムスリムが急増している。
日本の総人口におけるムスリムの割合は0・3%だが、在日外国人全体の増加率を上回るペースで伸びている。ムスリム人口の増加に伴い、国内で1980年代初めに4カ所だった礼拝所「モスク」は、今年7月時点で164カ所となった。
国内で増加しているイスラム教の礼拝所「モスク」(一居真由子撮影)店田教授は「今後も増加が続く可能性はある。地域住民とムスリムが互いに受け入れ合い、ムスリムが日本の生活に適応できるよう、多文化共生の観点から行政の関与が求められる場面は増えるだろう」と指摘する。
多文化への理解を深める目的で、イスラム教の戒律に従った「ハラル」の給食が限定的に実施された例もある。茨城県境町と同県五霞町は昨年9月、ハラル対応の給食を1日のみ提供した。境町教委によると、給食が食べられず弁当を持参するムスリムの児童生徒が当時両町で計39人おり、「同じ給食を楽しんでほしい」という思いからだったという。
1日のみだったが「日本の子供が不公平だ」などの抗議があり、北九州市の誤情報拡散を受け、今も提供していると誤解した人からさらに30件以上の抗議が寄せられた。
境町の担当者は「互いを尊重する心を育む狙いもあり、趣旨を理解してほしい」と訴えている。(一居真由子)