汚れた空気をちょっと吸っただけで衝動買いが増えるって?

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空気洗浄機を使っても集中できないときは、何のせいにすればいいですか?

咳やのどの痛みだけじゃなく、頭の働きまで大気汚染に影響されてしまう。そんなやるせない現実が、イギリスの研究チームによって明らかになりました。

大気汚染によって、私たちが日ごろ何気なくやっていること、たとえばスーパーで買い物するときの集中力や、人の気持ちをくみ取る能力にまで影響が出てしまうみたいですよ。

たった1時間でも集中力に変化

学術誌Nature Communicationsに掲載されたオープンアクセス(だれでも無料で読めます)の研究結果では、26人の参加者にろうそくの煙で作った「汚染物質だらけの空気」か、「きれいな空気」のどちらかを1時間吸ってもらい、その4時間前と4時間後に認知力テストを行なって、どのような変化があるかを調べました。

その結果、汚れた空気を吸った人たちは、物事に集中したり、気が散るのを防いだりする力、いわゆる「選択的注意」と、自他の感情をくみ取る「情動認識」と呼ばれる能力が低下したそうです。しかも、鼻呼吸か口呼吸かには関係なく、誰でも影響を受けてしまうとのこと。

大気汚染のせいで衝動買いが増える?

たとえばスーパーで買い物するときに、買い物リストには入っていないのに目に飛び込んできたお菓子やスイーツに気を取られて、ついつい余計なものを買ってしまうなんてことになりやすいかもしれません。心当たりありすぎです。気がついたら買い物かごにポテチが入っているのはダラスの大気汚染のせいだったのか。

バーミンガム大学のThomas Faherty氏は、汚染された空気の集中力への影響について、The Guardianに対して次のように述べています

大気汚染にさらされた参加者は、注意をそらす情報をうまく回避できませんでした。つまり、日常生活では、さまざまなことに気を取られやすくなる可能性があるということです。スーパーでの買い物がそのよい例です。通路を歩いているときに衝動買いが増えるのは、自分のタスク目標に集中できないからかもしれません。

他者の気持ちがわかりにくくなる

さらに、情動認識(感情を読み取る能力)にも影響が出てしまうといいます。汚染した空気を吸っていると、相手の表情が「怖がっているのか」「喜んでいるのか」といった、感情の違いを見わけるのが難しくなったとのこと。

これ、日ごろのコミュニケーションにも関係しそうですよね。研究チームは、空気中の汚染物質に短時間さらされるだけで、「社会的に適切とされる行動に支障をきたす可能性がある」と指摘しています。

作業記憶には影響なし。でも油断は禁物

興味深いことに、今回の研究では、作業記憶(頭の中で情報を一時的に覚えて整理するような能力)には影響が見られなかったとのこと。

この点については、すべての脳の機能が同じように低下するわけじゃないということを意味しているようです。でも、前述の通り選択的注意(不要な情報を無視して目的に集中する能力)や情動認識(感情を読み取る能力)はしっかりと影響を受けていたので、油断はできません。

感情認識力の低さが社会全体に悪影響を?

研究チームは、自他の感情の認識がうまくいかないことで、人との関わり方にも影響が出る可能性を指摘しています。都市における大気汚染と犯罪発生率の関連性について、Faherty氏は次のようにコメントしています。

短期的な大気汚染と暴力犯罪の発生との関連を示す研究結果もあります。特にアメリカの都市で顕著です。仮にこれらをつなげて考えると、感情の調整がうまくいかないことが背景にあるかもしれません。

もちろん、今回の研究結果は因果関係を直接証明するものではありませんが、私たちが思っている以上に、空気は心や行動に関係しているんでしょうね。

高齢者や子どもにとってはさらに深刻

今回の研究における調査対象は健康な大人でした。しかし研究チームは、もっと体が弱い人や、成長途上の人、特に子どもや高齢者といった脆弱(ぜいじゃく)な集団に対する大気汚染の長期的影響を調査する重要性を指摘しています。

Faherty氏は、研究の現状と課題についてこうコメントしています。

より大規模な研究では、料理中の排出物や薪の燃焼、自動車の排気ガス、家庭用洗剤など、より一般的な汚染源について調べています。そうすることで、政策を特定の方向に進められるかどうかを検証したいのです。

たとえば、洗剤がこうした問題の大部分を引き起こしていることがわかれば、事後的に大気中の測定値だけに基づいて対応するのではなく、その原因に基づいて問題を解消するための政策を推進できます。

なぜ大気汚染で認知力が低下するの?

どうして認知力に影響が出るのか、はっきりとしたメカニズムはまだ研究中とのことですが、体内で起こる炎症反応が関係しているのではないかと考えられています。

ただ、選択的注意や情動認識に影響が及んだ一方で、作業記憶には影響がなかったことから、一部の機能は短期的な汚染物質への暴露からの回復力があることを示唆しているそうです。

ちなみに、今回の研究では呼吸の方法(鼻からと口から)による差は見られなかったので、吸い込んだ粒子状物質そのものが脳に影響を与えているとのこと。

空気と脳はつながっている

バーミンガム大学に所属する共同研究者のFrancis Pope氏は、大気汚染による認知力の低下が招く社会への影響について、次のように述べています

空気の質が悪いと、知的発達や労働生産性が損なわれ、認知能力の高さに依存するハイテク社会では、社会や経済に重大な影響を及ぼします。生産性の低下は経済成長に影響を与え、特に大気汚染がひどい都市部では、大気汚染による脳の健康への悪影響に対処するための、より厳格な大気質規制や公衆衛生対策の必要性を改めて浮き彫りにしています。

世界保健機関(WHO)も、PM2.5の影響で毎年およそ420万人が早期に亡くなっていると報告しています。

目に見えないけれど、きれいか汚いかに関係なく毎日たっぷりと吸い込まなきゃ生きられない空気。そのクオリティが私たちの集中力や人間関係にまで影響する可能性があるって、ちょっと怖くないですか?

おまけに、経済成長のために大気を汚して、汚染物質を吸い込んだ人たちの生産性が落ちて経済に悪影響が出てしまう負のループは、笑えないジョークのような…。

Source: University of Birmingham, The Guardian

Reference: Faherty et al. 2025 / Nature Communications

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