浸水した駅に巨大ナマズが! 野生で絶滅危惧なのになぜ? タイ

メコンオオナマズは世界最大級の淡水魚だが、今では野生にはほとんど生息していない。(PHOTOGRAPH BY FARGRIV, SHUTTERSTOCK)

 2024年、タイのチェンマイにある浸水した駅に、体重90キロのメコンオオナマズが突然現れて、道行く人々が思わず足を止めた。切符売り場の外で体長約2メートルの巨大魚が動けなくなっている光景はあまりに非日常的だった。

 この魚はいったいどこから来たのだろうか。東南アジアの国々を流れるメコン川から来たのではないことは明らかだ。世界最大級の淡水魚であるメコンオオナマズは「近絶滅種(Critically Endangered)」に指定され、今では野生で姿が見られることはほとんどない。おそらく個人宅か寺の池にいたもの、または貯水池に放流されたものが洪水で流されてきたのだろう。

 タイでは、絶滅の危機に瀕しているはずのメコンオオナマズ(Pangasianodon gigas)や、パーカーホ(Catlocarpio siamensis)のような巨大魚が、飼育下で大量に繁殖されている(パーカーホは世界最大のコイで、やはり「近絶滅種」に指定されている)。

 政府の孵化施設、民間の養殖場、個人の愛好家が、釣り堀、観賞用、または宗教的な目的のために飼育・繁殖しているのだ。すべて合わせると、野生に残っていると思われる数をはるかにしのぐ数が飼育されているのだが、そのほとんどが記録に取られていない。

 そこで科学者たちは、野生の数を回復させるために、これらの飼育下にある魚たちを役立てられないだろうかと考えている。

「飼育魚は、単に野生の個体が絶滅したときの予備在庫となるだけではありません」と話すのは、米ネバダ大学リノ校の生物学者で、メコン川の巨大魚を数十年間研究しているゼブ・ホーガン氏だ。「正しい科学と保全の努力で、野生の個体数増加を助け、完全な絶滅を避けられるかもしれません」(参考記事:「巨大魚オオナマズを含め3種を放流、メコン水系保護の第一歩」

メコンデルタでは魚の養殖が盛んで、ナマズは特に人気がある。(PHOTOGRAPH BY JUSTIN MOTT/REDUX)

神聖な魚

 体重270キロを超えることもあるメコンオオナマズは、食用に捕獲されたり、その大きさから崇拝の対象にもなったりしてきた。かつては数が豊富で、1900年代前半にはタイで年間数百匹の漁獲量が記録されていたものの、次第にそれが数十匹になっていった。

「昔は体を洗いに川に行って、ついでに夕食用の魚を捕まえてきたものです」と、タイの町チエンコーンで長年漁師をしている79歳のボーンリアン・ジナラットさんは言う。

 オオナマズが直面している脅威を認識したタイ政府は、1980年代初期、保全を目的とした繁殖プログラムを立ち上げた。すると、ナマズは孵化技術によく適応し、政府の施設で安定的に数が増えていった。

 やがて、個人の収集家や寺院の飼育係、養殖業者も、メコンオオナマズやパーカーホ、希少なタイガーバルブ(Probarbus jullieni)を飼育するようになった。「その大きさから、神聖な地位が与えられ、崇拝されています」と、タイにあるウボンラーチャターニー大学の魚類生物学者、チャイウット・グルドパン氏は言う。

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