あなたのイライラ、おいくら? 「不満」買い取る世直しビジネス

人々が募らせる「不満」がイノベーションにつながることがある=ゲッティ(イラストはイメージ)

 寄せられる不満は1日1万5000件。どんな聞き上手でもうんざりしそうなものだが、ありがたがり、「買い取り」までしてくれる企業がある。

 AI(人工知能)を駆使した事業支援を手がける「インサイトテック」(東京都)だ。社長を務める伊藤友博さん(50)さんは言う。

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 「不満はイノベーションの種です」

ポジティブに「不満買取」

 <商品サイズの割に段ボールがバカでかいので、隙間(すきま)を埋めるために紙を何十枚もくしゃくしゃにして詰めてある/古紙回収のために広げて畳むのが本当に面倒/段ボールサイズを見直して>

 <もう少し広くならないかな、子連れで入るとほんと厳しい>

特定のシーン(場面)について葛藤がにじむ投稿も。生活者としての声が、新しい商品が生まれるきっかけになるかもしれない=「不満買取センター」のウェブサイトのスクリーンショットより

 「インサイトテック」が運営する「不満買取センター」に寄せられたユーザーたちの「不満」の一例だ。

 前者は大手通販サイト「アマゾン」の梱包(こんぽう)について、後者は航空機内のトイレについてつづられた不満だという。

 顧客の「不満」という言葉は、どうしてもカスタマーハラスメント(カスハラ)やクレームといったネガティブなイメージを想起させる。

 だが、全ての不満が理不尽極まりないわけではない。実はイノベーションのきっかけになる可能性がある不満は多いのだという。

 不満の受け皿が機能しなければ、「自分の声はちゃんと聞いてもらえているのか」「どうせ言っても聞いてくれない」という新たな不満も加わり、カスハラにいたる可能性がある。

 「デジタルの力を生かし、幅広い声の受け皿になりたいんです」

 伊藤さんはこうした不満の受け皿となり、不満に含まれるイノベーションの種を拾い上げる役割を果たしたいのだという。

「ガス抜き」にあらず

 「不満買取」とはどんなサービスなのか。

 まずは公式ウェブサイトやスマートフォンのアプリから無料で会員登録し、プロフィルを設定することで、会員は初めて自身が抱く「不満」を投稿できるようになる。

 不満なら何でもいいというわけではなく、不満の内容を値踏みする「査定」を経なければならない。

 性的な表現や、個人への誹謗(ひぼう)中傷など不適切な投稿は当然ながら「買い取り不可」となる。

 無事、「買い取り」が決まると、内容次第で1投稿あたり1~10ポイントが付与され、500ポイント以上で通販サイトのギフトコードに交換できる仕組みだ。

 ストレス多き現代人のための「ガス抜き」かといえば、違うようだ。

不満を買い取る流れについて説明する「不満買取センター」の公式サイト=スクリーンショットより

 インサイトテックが事業として不満買い取りサービスを始めたのは2017年。ビッグデータマーケティングやAIを活用した事業開発を行ってきた伊藤さんの経験が生かされてきた。

 会員数は約75万人。これまでに寄せられた不満の声は約4500万件に上る。

 企業などはインサイトテックと契約し、寄せられた対象が自社か他社かを問わず、分析ツールを使って自社と関連性のある不満の「トレンド」を分析する。

 つまり生活者や消費者の生の声の中から、商品開発や改良のヒントを見つけようとするのだ。

◇商品に生かされる「不満」たち

 実際に、寄せられた不満がヒット商品を生んだケースがある。

 例えば、「味の素AGF」(東京都)の「ブレンディ ザリットル」。きっかけは新型コロナウイルス禍で湧き上がった飲み物に関する不満だった。

 人々が外出を控えたことで、まとめ買いが多くなった。家族で在宅時間が長くなれば、飲み物の消費量が増える。ペットボトルをまとめて何本も買って帰ると重たいし、保管場所もない。そして、ごみも増える。

不満買取センターに寄せられた飲み物に関する不満の声がきっかけとなり生まれた「ブレンディ ザリットル」の商品=インサイトテック提供

 こういった声が次々と寄せられていたことから、パウダーのスティック1本で1リットルもの緑茶などのインスタント飲料が作れるという、看板商品の新シリーズ開発につながった。

 食料品だけではない。

 「フランスベッド」(東京都)は20代向けの商品開発で不満買取センターのデータを活用。ベッドでのスマホ利用に適したコンセントの位置などに不満がたまっていることが分かり、こうした声をヒントにした新商品は通常商品の4倍の台数が売れたという。

 インテリアや寝具製品の製造販売「イケヒコ・コーポレーション」(福岡県)は、こたつ布団に関する1000件以上の不満を社員が分析した。

 こたつの掛け布団は、ある一方に引っ張られると、対面の人が寒い思いをする。こうした掛け布団が本来の位置からずれることに対する不満が多かった。

 そしてたどり着いたのが、ずれないように備え付けのひもを机の脚に固定するこたつ布団のアイデアだった。

 寄せられる不満が目に見える商品に向けられたものとは限らない。

Insight Tech(インサイトテック)の伊藤友博社長=同社提供

 介護に教育、そして孤独まで、さまざまな社会課題に対しても不満は寄せられるという。

 世の中は不満に満ちあふれている。伊藤さんにとっては、受け皿としての自分たちの役割の大切さを認識させられる日々だ。

 「自治体などとのコラボレーションも深めていき、社会課題解決のハブ(中心)のような役割も担っていきたい」【千脇康平】

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