「過去への通信」が未来への通信より効率がいいと理論的に証明――発想はSF映画『インターステラー』のあのシーン

「過去への電話」は、物理法則上はアリだった / Credit:Canva

「過去にメッセージを送る」と聞くと、ほとんどの人が反射的に「無理に決まっている」と感じます。

私たちは生まれてからずっと、原因が先で結果が後、という順番でしか世界を見たことがありません。

コップを倒してから水がこぼれる、逆はありません。

だから「未来から過去」と聞くだけで、頭が拒絶反応を起こすのは当然のことです。

ところが意外なことに、現代物理学でもっとも信頼されている理論のひとつである一般相対性理論は、過去への通信を明確には禁じていません。

アインシュタインが1915年に完成させた一般相対性理論では、時間と空間は固定された舞台ではなく、物質やエネルギーによって曲げられる柔軟なシートのようなものです。

このシートを極端に曲げると、未来へ進んだ物体がぐるっと一周して自分の出発点に戻ってくるような経路が、計算上は出現します。

1949年には数学者ゲーデルが、アインシュタインの方程式からこの奇妙な経路は「閉じた時間的曲線(CTC)」を許す解を発見しました。

その後も「ティプラーの円筒」や「通過可能なワームホール」など、CTCを生み出す理論的な仕組みが次々と提案されています。

理論物理学者たちがタイムトラベルを大真面目に研究しているのは、こうした数十年にわたる理論的な裏付けがあるからなのです。

ただし、本物のCTCを作るには途方もない問題があります。

宇宙規模で時空をねじ曲げるには、莫大なエネルギーが必要で、これを現在の人類が用意できる見込みはほぼありません。

そこで救世主としてしれっと登場するのが、量子もつれという現象を巧みに使う方法です。

量子もつれでつながった2つの粒子は、片方を観測するともう片方の状態がぴったり呼応する、という不思議な相関を持っています。

アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んで嫌がった、あの現象です。

量子の世界では、たとえば一つの粒子が、「無事に届いた経路」「途中で破れた経路」「逆さまに届いた経路」「ついでに時間を逆走した経路」――ありとあらゆる可能性の経路を、通ったかのように計算されます。

普段の私たちはその中の「無事に届いた経路」だけを現実として記録しますが、量子論の数式上は、ほかの経路もすべて確率の重ね合わせとして存在しているのです。

ここで、装置に物理的なフィルターを仕込んで「時間を逆走した経路と整合する測定結果だけ」を取り出し、その結果を「実験のすべて」として再構成する(ポストセレクション)。

戦争の世界では勝者だけが「正史」を書く権利を得ますが、量子の世界では観測されたものだけが「現実」となるのです。

すると統計記録の上では、ある種類のタイムループ(P-CTC、ポストセレクション型CTC)を通った粒子の振る舞いとして、数式の上で同じ姿が現れます。

時空を物理的に曲げる代わりに、量子の世界の選り分けで「タイムループの数式」を再現する。

本物のタイムマシンは作れなくても、その振る舞いだけなら実験室の机の上で味わえる――これが「お手軽版CTC」と呼ばれる仕組みです。

そして2010年、ロイドたちはこのアイデアを実際の実験室で実演してみせました。

本人いわく「光子(光の粒子)を数ナノ秒だけ過去に送り返し、過去の自分を殺そうとさせるのに相当する」実験です。

つまり、SFの定番中の定番、あの「祖父殺しのパラドックス」の量子版を、光子を使って実験室で確かめてしまったのです。

・光子で「祖父殺し」を再現してみた

光子で「祖父殺し」を再現してみた / Credit:Canva

祖父殺しのパラドックスとは、タイムトラベルにまつわる有名な思考実験です。

もし未来から過去に戻った人間が、まだ子供である自分の祖父を殺してしまったらどうなるか。祖父が死ねば自分は生まれず、生まれなければ過去に戻って祖父を殺すこともできない。ここに論理的な矛盾が生まれます。

ロイドらが2010年に行った実験は、このパラドックスを光子で再現するという大胆な試みでした。本人いわく「光子を数ナノ秒だけ過去に送り返し、過去の自分を殺そうとさせるのに相当する実験」です。

チームは光子にふたつの役を演じさせました。

一方は、ほんのわずか過去に戻って自分自身の状態をひっくり返しに行く「殺し屋」役。もう一方は、これから殺し屋に襲われる「過去の自分」役。

装置には、殺し屋の「命中率」を研究者がツマミひとつで自在に変えられる仕掛けが組み込まれていました。

論理で考えれば、これは矛盾を量産する装置のはずです。

命中率(殺害成功率)を100%に近づければ、過去の自分は確実に消滅し、いまここで殺し屋を演じている自分そのものが存在しなくなる。装置はエラーを吐くのか、それとも宇宙が小さく軋んで止まるのか――。

しかし結果は、もっと静かで、もっと不気味でした。

殺し屋の命中率を上げていくと、装置の出口で「過去への旅をやり遂げた光子」を数えるカウンタの値が、するすると下がっていったのです。

理論が予言したカーブと、ぴたりと寄り添うようにです。

命中率を限界まで上げると、検出される光子はほとんどゼロになってしまいました。

つまり、パラドックスを起こしたはずの光子は、観察結果のなかにそもそも姿を現さなかったのです。

これは世界の歴史修正力のような神秘的な力が働いたのではありません。

量子論そのものに組み込まれた現象なのです。

量子の世界では、起こりうる物語ははじめからひとつに定まっていません。

複数の可能性が重ね合わさった状態のまま進み、観測の瞬間に、ようやくどれか一つが「実現した過去」として記録されます。

量子論では「観測が現実を確定させる」という性質が、これまで何度も実験で確認されています。

ロイドらが採用したCTCモデルでは、この観測のふるい分けを行いました。

それは、「未来と過去のつじつまが合う物語だけを採用する」という、ごくシンプルなルールです(増幅された確率的テレポーテーションと呼ばれます)。

「いやいや、それは、研究者が都合のいい結果だけを拾う、データのいいとこ取りなのでは?」

「タイムパラドックスを起こさないという結果を意図的に捨てたのだから、タイムスリップが起きたように見えただけでは?」

と思うかもしれませんが、違います。

これは恣意的なつまみ食いとは似て非なるものです。

採用する条件は、実験を始めるより前に、機械的に固定されています。

「装置のここに置いた測定器が、この目盛りを指したときだけを採用する」――こういう物理的なルールが先に決まっていて、結果を見てから恣意的に変えることはできません。

「祖父殺しが成立した光子は気に入らないから捨てよう」とあとから決めているのでは、けっしてないのです。

つまり、こちらが望むものを残したのではなく、量子の世界の側が「どの歴史を観測の対象にするか」を、自前のルールで淡々と決めていく。

研究者はそれを正しく数えただけ、というわけです。

論理の壁にぶつかってエラーを起こしたり、研究室のデータ改ざんでタイムトラベルが起きたようにしたわけでは決してありません。

祖父殺しを行った光子は、最初からこの宇宙の歴史に登録されない――祖父殺しのパラドックスを起こしたはずの光子たちは、どこにも行かなかったのではなく、もとから「行ったことにならなかった」。

私たちが見ているこの世界は、消えていった無数の歴史の、生き残りのほうなのかもしれません。

さて、ここまででもお腹いっぱい感はありますが、この内容は2010年に判明した結果です。

いまの大学生にとっては、子ども時代に発表された研究です。

今回の研究は、この15年以上前の研究を踏み台に、さらに野心的な試みになります。

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