研究者としての「用意された心」が、無用の金属イオンからMOFを生み出した(北川進氏/京都大学高等研究院特別教授)(Science Portal)
さて、私の科学の背景となる3つの概念、これが重要です。近代細菌学の開祖といわれるパスツールは「幸運は用意された心のみに宿る(Chance favors the prepared mind.)」と言っています。私にとっての「用意された心」は、Assembly(集合)・Space(空間)・Dynamicity(動性)の3つのキーワードです。
まず、学部生のとき、ボルツマンの原理から集合の重要性を理解し、「構造機能は要素の集合から生まれる」という視点を得ました。次に、大学院生になってNMR(Nuclear Magnetic Resonance/核磁気共鳴)を勉強して、スピンダイナミクスと非平衡に興味をもちます。
精神的には、高校時代の哲学の授業で、自然科学のルーツであるギリシャ哲学に非常に感銘を受けました。ヘラクレイトスは「同じ川に二度足を踏み入れることはできない(No one ever steps in the same river twice.)」と言っています。万物は流転するのだと。
多孔性材料というのは、何もないところに仕切りを入れて、何の役にも立ちそうにない空間を作る—―そういう化学でもあります。
例えば清水寺の舞台は、139本のケヤキで釘を1本も使わずに見事に作られています。では、分子のようなナノスケールの場合はどうでしょう。釘を使っていない清水の舞台と同じように、3次元に展開することができるでしょうか。実は、ナノスケールでもマグネット(磁石)になるものがあったのです。正電荷の金属イオンと負電荷の有機分子がくっつく「配位結合」です。
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もうすでに世界でいろいろな使い道が考えられています。例えば、砂漠の空気から水を取り出すほか、キャパシタ(蓄電器)や熱交換器、コーティング、生物医学、センサー、空調、食品包装、抗菌剤など、あらゆる分野で応用できると思います。 これからは、学術界だけではなく、もっと多くの人たちにMOFを知っていただきたいですね。そこからいろいろな展開がもっと出てくるはずなので、それに対して、私たちはまたチャレンジしていきます。
北川 進(きたがわ すすむ) 京都大学高等研究院 特別教授 1951年京都市生まれ。1979年京都大学大学院工学研究科博士課程石油化学専攻修了、工学博士。専門は錯体化学。近畿大学、東京都立大学を経て、2007年京都大学物質細胞統合システム拠点に着任。17年より現職。20年より京都大学高等教育院副院長。24年より京都大学理事(研究推進担当)・副学長。