「絶望しか残っていませんでした」涙を流す木原龍一を三浦璃来はいかに支えた? りくりゅうの“約束”「どんなことがあってもリフトで落とさない」
「今日は、『ショートのことはすべて忘れて、イチからスタートしよう』と話し合いました。本当に強い思いでした。この7年間、たくさんのことを経験し、成長してきたからこそ、今日の演技に繋がったと思います」(三浦璃来) ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペア。三浦と木原龍一の2人は、ショート5位からの劇的な逆転で、日本の同種目史上初となる金メダルを獲得した。 普段は9歳上の木原が“お兄さん”として三浦を支え、2人で突き進んでいく関係性。しかしショートのミスを引きずった木原は、フリーの演技直前まで「もう僕のオリンピックは終わってしまった」と諦めていた。なぜこの窮地で、三浦は気を強く持ち続け、木原も強い自分に戻ることができたのか。これは、真実の絆を試され、最後までその手を離さなかった2人の物語だ。
ペア結成から7年かけて辿り着いた、2度目の五輪。2人の胸には「2つの約束」があった。1つは、坂本花織、鍵山優真らと誓った団体戦のメダルである。 「北京五輪でメダルを取ることができて、花織ちゃん、優真くんたちと、4年後また戻ってこよう、それぞれがレベルアップを頑張ろうと話してきました」(木原) もう1つは個人戦でのメダルだ。北京五輪では、ショートのミスのあと落ち込んでいた三浦を木原が励まし、フリーで気持ちを切り替えて、7位と健闘した。 「一度コンディションが落ちたとしても、積み重ねてきた練習を信じれば、本番で力を発揮できるんだということを学びました。その時に『4年後はオリンピックメダリストとして会見に出よう』と約束したんです」(三浦) 昨年の全日本選手権で五輪代表に選ばれると、計画を立てた。木原は言う。 「この4年間に経験してきたことをすべて生かします。北京では団体戦のあと何をやってもタイミングが合わず、今までで一番辛い状態になりました。今回は、団体戦から個人戦までの期間をポジティブに過ごせたらなと思います」 具体的な計画を聞くと、即答する。 「やっぱり私たちの気分転換はゲーム。きちんと持っていこうね」(三浦) 「僕が負けてあげる感じです」(木原) 「勝敗がつきすぎたら嫌だからね。僅差で勝ち負けがあるように調整してるんだよね」(三浦) 迎えた五輪の団体戦では、ショート、フリーともに自己ベストを大幅に上回る得点で首位。手応えをつかんだ。 そこから6日間の過ごし方は完璧だった。一度体を休め、追い込んだ後、強度を下げて身体的ピークを持ってくる。空き時間は『桃太郎電鉄』に興じ、三浦が勝利して気持ちを高めた。
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2月15日、ショート本番。昨季から継続の『Paint It Black』は、高得点を出し続けてきた自信のプログラムだ。冒頭の3回転ツイストリフト、3回転トウループと、リスクの高い要素をきっちり決めた。 「僕達の一番の強みは、加点をもらえるリフト」 演技中盤、そう自負するリフトに臨んだ。右手同士を繋いだ上に、三浦が胴体を乗せてバランスを取る。しかし体勢を変えようとした瞬間、三浦の身体がスルっと逃げるように落ちかけた。木原はとっさに頭で受け止め、リフトとして成立させると、三浦を優しく氷に降ろした。 結成した7年前から、木原は「どんなことがあってもリフトで落とさない」と宣言してきた。男性の頭上から落ちて怪我をすることで、女性に恐怖心が芽生えてしまう。三浦は以前こう語っていた。 「龍一くんには、練習も含めて、本当に一度も落とされたことがないんです。それは凄いこと。信頼してます」 “三浦の身体を絶対に守る”という木原の信条が、不測の事態を最低限のミスに留めたのだ。その覚悟を感じた三浦は、すぐに気持ちを切り替えた。 「次のスロー3回転ルッツは、絶対に失敗できない。そういう場面は今までたくさん経験してきたので、メンタルは崩れませんでした」 大技を決め、最後まで滑り抜く。しかし木原はうなだれた。得点は73.11点で、首位と6.9点差の5位だった。
「点差を見て、絶望しか残っていませんでした。僕の心は折れてしまいました」 そう語る木原に対し、三浦は気丈に振る舞った。 「リフトは阿吽の呼吸で成り立っているので、少しでもズレてしまうと今回のようになります。まぁ運も悪かったかな」 さらっと「運が悪かった」と言ってのけ、引きずる必要はないという姿勢を貫く。これまでの三浦からは考えられないほど、切り替えが早かった。 一方の木原は、言葉が空回りした。 「前を向くしかありません。でも、はああ。なんでああなっちゃったのかな……」 インタビュー中にため息が漏れる。それをフォローするように記者から「6.9点差は逆転可能ですが、どのように切り替えていきますか?」と質問が出ると、木原は少し表情を和らげた。 「ありがとうございます、勇気の出る言葉を。明日は必ずいつもの『りくりゅう』の感じでお話しできるように戻ってくるので待っててください」
(「NumberPREMIER Ex」野口美惠 = 文)