馳氏退任会見「石川のためできることを」 短歌で締める「日本海 沈む夕日に ありがとう わが白山に 日はまた昇る」
「日本海 沈む夕日に ありがとう わが白山に 日はまた昇る」。馳浩知事は任期満了を迎えた26日、県庁で退任会見に臨み、恒例の俳句ではなく短歌にあふれる思いを込めた。1時間半にわたる会見では、能登半島地震、奥能登豪雨からの復旧復興という県政史に残る激動の期間に指揮官を務めた自負ものぞかせ「これからも能登半島のため、石川県のためにできることがあるとの思いで取り組んでいく」と決意を語った。
「きょうは原稿は読まないので」。そう宣言して会見を始めた馳氏は、いつもと変わらない様子で県政報告をした後、4年間に取り組んだ主な事業を説明し「あっという間だった」と振り返った。
4年間を「危機管理」という一言で表現。能登半島地震への対応では、職員とのやりとりの中で「できない理由」を聞いて前例にとらわれないことを意識したとし「前例という枠の外でどう救うかと考えてきた」と語った。一方、復興が本格化するタイミングでの退任には「正念場の時期に選挙で負け、心残りはある」と無念さをあらわにした。
今後も「知事という肩書のない立場で能登に入り、復興を進める一助になりたいなと、素直に思う」とし、語り部としての活動にも意欲を示した。講演などだけではなく、被災地の課題を吸い上げて改善していくための橋渡し役を担いたいとし、選挙への挑戦については「全くの白紙」とした。
●ベストパートナーを
県民へのメッセージを問われて語ったのが「女房役」を務めた副知事への思いだった。
「徳田(博副知事)さんのようなベストパートナーがいると、より人生を前向きに生きることができる」と言及。西垣淳子前副知事、後任の浅野大介副知事の名前も挙げ「能力がある素晴らしいパートナーがいたおかげで、チャレンジができた」と感謝を伝えた。
県職員に向けても「むちゃぶりはあったが、常にニュートラルに接してきた」と頭を下げた。
「生涯プロレスラー」と公言する馳氏だがリングインには明言を避けた。「今の膝の状態ではリングに上がるコンディションを作れない。将来的にもモチベーション次第」とした。
石川県については「たくさんの魅力があるが、伝わっていない。もっと評価して誇りに思い、一体感を作っていければ」と課題も口にした。冒頭に披露した短歌を、最後にもう一度詠み上げると「まさに今、春の夕日を実感しているが、明日の朝にはまた日が昇る。明日からの歩みに自分自身も期待している」と結んだ。
●両手突き上げ、庁舎を後に 1000人見送り「記憶に残る4年間」
会見後には県庁1階で退任式が行われ、県議や県職員、支援者ら約千人がロビーを埋め、ねぎらいの拍手を送った。
職員を代表して徳田副知事があいさつし「一緒に仕事ができて大変光栄だった。4年ではなく8年10年に相当することを成し遂げた。記憶に残る4年間だった」とたたえた。
徳田氏は、能登半島地震発生直後に被災地の首長や関係省庁の大臣と連絡を取り合う馳氏の姿を振り返りながら「人脈の広さに舌を巻いた」と回顧。県職員と定期的に実施していたランチミーティングを挙げ「職員と知事の距離がぐんと縮まった」と述べた。
1期4年の取り組みがこれから芽吹くとした上で「退任は無念の極み」と残念がった。最後に「馳浩ならではの人生劇場を見せつけてほしい。そして私たちをうならせてください」とエールを送り、馳氏の男泣きを引き出した。
職員、支持者らからたくさんの花束を受け取った馳氏は、リングさながら「観客」に向けて両手を突き上げ、庁舎を後にした。
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