がん検査は血液で 買収候補のがんテック5社

血液などの体液を使ったがん検査のリキッドバイオプシー(液体生検)に注目が集まっている。従来では患部の組織を切り取って調べる必要があり、体への負担が重く検査時間も長かったが、液体生検が解決の糸口になると各社が開発を進めている。近年では製薬・検査大手による買収も活発だ。今後の買収の候補になり得るテック企業5社をCBインサイツが調べた。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

製薬会社ががんの精密医療(1人ひとりのDNA情報に応じて適切な治療を実施する医療)に資金を投じるなか、簡単な採血で腫瘍の遺伝子プロファイルを体に負担をかけることなくすぐに調べられるリキッドバイオプシーは、大腸がん検診など従来の検査では60%にとどまる患者の治療参加を高められる位置に付けている。

リキッドバイオプシーを使えば治療効果の追跡や、耐性の早期検知、治療法のダイナミックな調整も可能になる。アウトカムの改善や無駄な治療のコストを減らせるメリットもある。

既存の診断検査各社ががんテックへの事業拡大を目指すなか、リキッドバイオプシーも変わりつつある。

単一腫瘍の検査から総合プラットフォームへ:リキッドバイオプシー大手は数種類のバイオマーカーと高度な人工知能(AI)を組み合わせた包括的なエンジンを開発している。例えば、大手の米カリス・ライフ・サイエンス(Caris Life Science)は総合プラットフォームにより20種類以上のがんを検出する。この分野への参入障壁は高まっており、単独の単一腫瘍の診断キットでは苦戦する可能性がある。

データと知的財産(IP)の堀は宝の山:全てのゲノムの無細胞DNA(破壊されたり死滅したりした細胞に由来する血中のDNA、cfDNA)の断片の解析など、斬新な手法が他社と差異化できる地位を築きつつある。リキッドバイオプシーを早くから手掛ける大手は、早期発見の精度を高める独自のデータセットを構築している。独自の技術とデータの組み合わせは、買収額のさらなる上昇を示唆している。

後述する有望な買収ターゲット5社は、がん治療の基本ツールになりつつあるリキッドバイオプシー機能を手に入れる千載一遇のチャンス:理論的に有望な技術から実証されたプラットフォームへと移行しつつある上、データという堀もできつつあるため、買収でこの技術を手に入れる機会は長くは続かないだろう。

リキッドバイオプシー技術の進歩により、この技術はここ数年のヘルスケア企業の決算説明会で常に取り上げられる話題になっている。この分野の2024年のエクイティ(株式)による資金調達額は23年通年比62%増の3億8400万ドルに回復した。

診断検査大手各社は最近、リキッドバイオプシーが普及して資産価値がさらに上がる前に重要な機能を確保しておこうと、戦略的買収に動いている。主な例は以下の通りだ。

・米ベラサイトは24年1月、米C2i Genomicsを9500万ドルで買収した。これにより診断プラットフォームに全ゲノム解析による微小残存病変(MRD)検査を加えた。

・米エクザクト・サイエンシズは23年9月、米レゾリューション・バイオサイエンス(Resolution Bioscience)を買収し、次世代シーケンシングに基づくリキッドバイオプシーに参入した。

・米クエスト・ダイアグノスティクスは23年4月、高感度MRD検査を加えるために米ヘイスタック・オンコロジー(Haystack Oncology)を4億5000万ドルで買収し、がんの領域のサービスを強化した。

有望な買収ターゲットを特定するため、リキッドバイオプシーによるがんスクリーニング検査を手掛ける企業を以下の基準で絞り込んだ。

・従業員数200人未満:経営が効率的で、技術を十分に実証できる規模

・法人向け(B2B)ビジネスモデル: ダイレクト・ツー・コンシューマー(D2C)よりも収益源が確立されており、顧客獲得コストも低い

・企業の健全性を測定するCBインサイツのモザイクスコアが600〜1000点:事業の勢いと経営陣の質を反映

米デルフィ・ダイアグノスティックス(Delfi Diagnostics)

機械学習と無細胞DNAの断片化パターンを活用し、がんを早期に検知する。遺伝子変異やメチル化パターンだけに頼るのではなく、全ゲノム解析データを分析する。

デルフィの買収を検討すべき理由:

・肺がん診断検査「FirstLook Lung」はスクリーニング集団で80%の感度(肺がんになっている場合に検査結果が陽性になる確率)を示した。

・費用対効果を追求した技術により、検査を安価で広く使えるようにしようとしている。

・調達総額は3億3100万ドル。米製薬大手メルク傘下のメルク・グローバル・ヘルス・イノベーション・ファンドからこのほど出資を受けた。

・臨床評価や導入を加速するため、米OSFヘルスケアや米シティ・オブ・ホープなどの医療ネットワークと提携している。

米ハービンジャー・ヘルス(Harbinger Health)

がんを早期に発見するため、AIを活用した血液検査を開発した。広範で低コストの初期検査と、精密なフォローアップ検査を組み合わせた2段階の検査モデルにより、使いやすさと精度のバランスを図っている。

ハービンジャーの買収を検討すべき理由:

・企業価値が2年足らずで1億900万ドルから6億4700万ドルに跳ね上がった。

・スティーブン・ハーン最高経営責任者(CEO)は米食品医薬品局(FDA)の元長官で、規制の専門知識をもたらせる。

・ハイリスクの膵臓(すいぞう)がんなどの臨床評価で米ダナファーバーがん研究所と提携している。

・この1年で従業員が着実に増えている。

ユニバーサルDX(Universal DX、スペイン)

cfDNAのメチル化のパターンから大腸がんを早期発見する血液検査を開発。リスク集団は増えつつあるが、スクリーニング検査を受ける人は増えていないというギャップの解消を目指している。

ユニバーサルDXの買収を検討すべき理由:

・臨床評価での大腸がんの感度は93%、前がん病変は54%。

・米クエスト・ダイアグノスティクスとの戦略提携により、血液検査「Signal-C」はFDAの市販前承認プロセスに進んでいる。

・クエスト・ダイアグノスティクスから出資を受け、23年11月にシリーズBで7000万ドルを調達した。

・欧米市場で存在感を確立し、世界に進出する準備を進めている。

カリス・ライフ・サイエンス

腫瘍の総合分析で確立した地位を土台に、22年に血液による分子プロファイリング検査「Assure」でリキッドバイオプシーに参入した。

カリスの買収を検討すべき理由:

・75万件近くの分子プロファイルなど広範なデータにより、がんの精密医療の知見を提供できる。

・がんの標的を発見し、抗体薬物複合体を開発するため、ドイツの医療・化学大手メルクとこのほど戦略提携した。

・全エクソームや全トランスクリプトームの解析など包括的な分子プロファイリング機能を持つ。

・精密医療プラットフォームの構築を続けるため、23年初めに4億ドルの融資枠を確保した。

米エピックサイエンス(Epic Sciences)

がん治療の意思決定を導くため、循環腫瘍細胞(CTC)とcfDNAの検出と特性評価を手掛ける。

エピックサイエンスの買収を検討すべき理由:

・同社の検査「DefineMBC」は転移性乳がんの包括的なプロファイルを提供し、薬剤耐性の特定や治療の選択主導の課題に対処する。

・特許申請件数は34件。さらに、臨床試験(治験)を拡大し、がんのプロファイリング機能を強化するため、米ファルジェント・ジェネティクス及び米バイオスプライス・セラピューティクスと提携している。

・DefineMBCの商用化に向け、23年のシリーズG(調達額2400万ドル)を含め22年以降に6700万ドルを調達している。

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