控えでも「嫌な顔見せず…」ヴィッセル神戸、佐々木大樹は人としてデカくなった。天皇杯制覇を「100%喜べる」理由【コラム】
天皇杯決勝、ガンバ大阪対ヴィッセル神戸が23日に行われた。リーグ戦でも強さを示す神戸がこの試合を1-0で制し、5大会ぶり2度目の優勝を手にした。今回の一戦で途中出場から出色の活躍を見せたFW佐々木大樹は自身の成長に手応えを感じつつ、さらなる高みを目指すことを誓った。(取材・文:藤江直人)
指揮官も佐々木大樹を名指しで称賛
国立競技場のピッチで戦った時間は、後半アディショナルタイムを含めて35分とちょっと。放ったシュート数もゼロに終わったFW佐々木大樹へ、それでもヴィッセル神戸の吉田孝行監督は最大の賛辞を送った。
ガンバ大阪を1-0で振り切り、5大会ぶり2度目の天皇杯優勝を果たした23日の決勝後の公式会見。指揮官は59分から起用した25歳が、71大会ぶりの関西勢対決を制したキーマンだったと笑顔を浮かべた。
「今日の勝利は(佐々木)大樹なしでは無理だったと思っています」
両チームともに無得点の状況が続いていたなかで、吉田監督は最初の交代カードで、インサイドハーフの井出遥也に代えて佐々木を投入した。佐々木によれば、指揮官の指示は単純明快だったという。
「試合を決めてこい、という言葉とともに送り出されました」
わずか5分後の64分。佐々木が信頼に応え、待望の先制点が生まれた。DFマテウス・トゥーレルのバックパスを受けた守護神の前川黛也が、最前線へ蹴り出したロングキックがきっかけだった。
ガンバのペナルティーエリアの前方で、ボールの落下点に入ったのはFW大迫勇也と佐々木。J1リーグを初めて制覇した昨シーズンから継続される戦い方では、空中戦にも強い大迫がターゲットとなる。
しかし、天皇杯決勝の大一番は違った。とっさに視線を合わせて大迫へメッセージを送り、自らが落ちてくるボールの間合いに入っていった意図を、佐々木は試合後にこう明かしている。
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「僕の場合、基本的に試合の途中から入るケースが多いので、ああいった場面だと、僕が競る回数の方が多くなるのかな、と思っています。もちろん試合状況にもよりますし、ボールが落ちてくる場所やキックの長さも考えながら、最終的にはサコくん(大迫)と目を合わせて決める感じですね」
10日に行われたJ1リーグ第36節・東京ヴェルディ戦を欠場していた大迫は、怪我が癒えていない状態で先発していた。一方の佐々木は昨シーズンから、デュエルの強さに自信を抱いていた。言葉を補足すれば、この場面では交代出場したばかりのフレッシュな自分に任せてほしいと大迫へメッセージを送った。
ただ、ガンバのゲームキャプテン、DF中谷進之介が背後に迫ってくる。身長180cm体重77kgの佐々木に対して中谷は182cm77kg。確実にマイボールにするために、佐々木は肉弾戦で工夫を凝らした。
「体をちょっと当てて、思うようなクリアを相手にさせない。ロングボールがきたときには、自分のなかでそういった点も意識しているので、あの場面ではその狙いがうまくいったと思います」
佐々木自身はボールに触れていない。しかし、制空権を争うなかで体が接触し、バランスを崩した中谷のクリアも小さくなる。佐々木を信頼して、競り合いを任せた大迫がすぐこぼれ球を拾い、体を反転させながら、ペナルティーエリア内の左へ走り込んでいったMF武藤嘉紀へ絶妙なパスを通した。
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そして、武藤は利き足とは逆の左足で強引にシュートを放つ。陣形を崩しながら必死に戻ってきた、ガンバのDF福岡翔太が何とかブロック。自身はゴール内へ転がりながら得点を阻止したものの、武藤からパスを受けようと詰めてきていたFW宮代大聖がこぼれ球をゴール左へ蹴り込んだ。
自身がつぶれ役となって生まれ、優勝を決めた先制ゴールを「チームとしてやりたい形のひとつだし、うまくいった、という感覚です」と振り返った佐々木は、大一番を前に吉田監督と話し合いの場をもった。
切り出したのは吉田監督。天皇杯ではカターレ富山との2回戦から5試合すべてで先発し、徳島ヴォルティスとの3回戦から、柏レイソルとのラウンド16、鹿島アントラーズとの準々決勝、京都サンガF.C.との準決勝まで4試合連続ゴールを決めてきた佐々木を、決勝ではリザーブに回す意図を伝えるためだった。
「決勝でも佐々木を先発で使おうか迷ったが、勝つためには先発の11人だけではなく、試合の流れを代えられる選手を常にベンチに置いておきたかった。その役割を今日は佐々木に託した。先発で出たい思いはあるはずなのに、佐々木は嫌な顔ひとつ見せずに、途中からでも絶対に活躍すると言ってくれた」
佐々木に全幅の信頼を寄せたうえで、心を鬼にしてリザーブに回す理由を伝えた吉田監督は、約束通りに決勝ゴールにつながる起点を、身上とする泥臭いプレーで演じた姿に心を震わせた。
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「たくましさを含めて彼のプレーの面での成長を感じたし、チームのことも考えられるようになり、役割に徹しているのは人として成長を遂げた跡でもある。本当に素晴らしい選手だと思う」
だからこそ、指揮官は天皇杯を勝ち取った理由の大半を佐々木にあげた。会見で称賛されたと伝え聞いた佐々木は「率直にうれしいですね」とはにかみながら、2018シーズンにヴィッセル神戸U-18から昇格し、プロとして送る7年目のシーズンも終わりに差しかかった自身の現在地をこう表現している。
「特に今大会は自分が中心となって決勝まで勝ち上がってきたと思っているし、だからこそ今日は勝利だけを求めていた。ずっと僕を使い続けてくれている監督には本当に感謝の思いしかないし、言葉通りにプレー面だけでなく、精神的にもちょっとは成長しているのかな、という感じですね」
吉田監督が3度目の就任を果たした2022年6月下旬から、佐々木はリーグ戦ほぼすべての試合で起用されてきた。昨シーズンは出場33試合、プレー時間1950分、7ゴールとすべてで自己最高を更新。優勝を決めた名古屋グランパスとの第33節でも、先発としてホームのノエビアスタジアム神戸でプレーした。
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もっとも50分で交代した関係で、歓喜の瞬間をピッチ上で味わっていない。対照的に今回は右タッチライン際でボールをキープしながら強引に前へ運び、ガンバのDF半田陸のファウルで転がされた数秒後に、優勝を決める笛が鳴り響いた。最後まで体を張った姿を、当然のプレーだと佐々木は言う。
「ヨッチくん(武藤)を含めて、最初から出ている選手たちが体を張っていたなかで、途中から出た自分が30分くらいでバテているようじゃダメなので。僕が途中から入る、というのはそこ(体を張る)にもひとつの考えがあったはずだし、その意味でも僕にとっては基準のプレーだと思っています」
コメントの端々からも、吉田監督が勝因にあげた理由が伝わってくる。アンドレス・イニエスタを擁した神戸は、2019年度の天皇杯で悲願の初タイトルを獲得した。決勝まで一度もベンチ入りを果たせず、国立競技場のスタンド上段で応援していた自分を引き合いに出しながら、2度目の戴冠を佐々木はこう語る。
「今回の優勝は100パーセント、心の底から喜べています。アカデミーから育ててもらっている僕としては、かつて見ていたヴィッセル神戸と違うのも感慨深いですね。クラブとして上位に食い込むのも難しかった時期があったなかで、昨シーズンにリーグ戦のタイトルを取っただけに終わらず、今シーズンも天皇杯を加えて、さらにリーグ戦でも首位に立っている。クラブとしてすごく前進していると感じています」
昨シーズンから遂げた神戸の前進に、リーグ戦で33試合、1641分間プレーし、大迫、武藤、宮代に続く5ゴールをマークし、特に心の部分で成長を遂げている佐々木の影響は大きい。「それでも」と本人は言う。
「そこ(成長)に関しては少なからず感じていますけど、一方でまだまだ結果を残せていない、とも感じています。もっと僕が結果を残すことで、もっともっとチーム力は上がると思っているので」
残り2試合となったJ1リーグで、神戸は2位のサンフレッチェ広島に勝ち点3ポイント差をつけて首位に立っている。敵地に乗り込む30日の柏レイソル戦に勝てば、翌12月1日に北海道コンサドーレ札幌戦を控える2位の広島が引き分け以下に終わった瞬間に、延べ8チーム目のJ1連覇が決まる。
先発でも、流れを変える切り札でも。そして、左右のウイングに加えて1トップでも、その後方のインサイドハーフでも。攻撃的なすべてのポジションで、吉田監督およびチームに攻守両面で求められる役割に、100パーセント以上のプレーで応えてみせる。二冠に挑む神戸を、佐々木が放つ存在感が力強く支えている。
(取材・文:藤江直人)
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参照元:YouTube
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