ポケモンにも容赦なし、米モンスターエナジー社「モンスター」を含む他社の商標登録に異議…クレーム連発へ“特許庁・裁判所”が下した驚がくの判定

あのマーク見たことある、あの名前知っている。企業が自社の商品やサービスを、他社のものと識別・区別するためのマークやネーミング。それらは「商標」と呼ばれ、特許庁に商標登録すれば、その保護にお墨付きをもらうことができる。

しかし、たとえ商標登録されていても、実は常に有効な権利とはなり得ない。そもそも商標登録には、いついかなる場面でもそのマークやネーミング自体を独占できる効果はない。

このように商標制度には誤解が多く、それを逆手にとって、過剰な権利主張をする者も後を絶たない。商標権の中には「エセ商標権」も紛れているケースがあり、それを知らないと理不尽にも見えるクレームをつけられても反撃できずに泣き寝入りするリスクがあるのだ。

「エセ商標権事件簿」(友利昴著)は、こうした商標にまつわる紛争の中でも、とくに“トンデモ”な事件を集めた一冊だ。

第6回で取り上げる米国企業「モンスターエナジー・カンパニー」は、その中でもエセ商標権の代表格といえる存在だ。業種を問わず、手当たり次第にかみつきまくる様は、まさに「モンスター」いや、「モンスタークレーマー」がしっくりはまる――。(全8回)

※ この記事は友利昴氏の書籍『エセ商標権事件簿』(パブリブ)より一部抜粋・再構成しています。

エナジードリンク「モンスターエナジー」を製造販売する米国企業モンスターエナジー・カンパニーは、エセ商標権の代表選手というべき存在だ。エナジードリンク市場でトップシェアに位置するブランドとして、「モンスターエナジー」のブランド保護に取り組むのはわかる。

だがこの会社が異様なのは、「モンスター」を一部に含む、しかもエナジードリンクや飲料とはまったく関係のない、ありとあらゆる業種の企業に対しても、執拗にケチをつけているところなのだ。

特に、「モンスター」という言葉は、その名の通り「怪物」をモチーフにしたゲームやアニメなどに広く用いられるが、驚くべきことに、彼らは、このようなエンタテインメント作品に牙をむいているのである。

標的にされたのは、例えばディズニー/ピクサーの「モンスターズ・ユニバーシティ」、ネットフリックスの「スーパーモンスターズ」、マテルの人形「モンスター・ハイ」、カプコンの「モンスターハンタークロス」、MIXIの「モンスターストライク」、漫画家・オカヤドの「モンスター娘のいる日常」(徳間書店)、さがみ湖リゾートプレジャーフォレストのアトラクション「マッスルモンスター」、映画会社レジェンダリー・ピクチャーズのハリウッド版ゴジラ作品のシリーズ名「モンスターバース」など、極めて幅広い。

果ては、日本が世界に誇る任天堂の「ポケットモンスター」のロゴ(図1)に対してまで、「モンスターエナジーのブランドに対するフリーライド(便乗)である」とのたまった。ちなみにモンスターエナジーの発売は2002年、ポケモンの最初のゲームソフトの発売は1996年である。

【図2】モンスターエナジーから異議申立を受けた「モンクレール」のロゴ

おまけに、1952年から続くフランスの有名なダウンジャケットのブランド「MONCLER」(図2)も標的にされている。念のために書くと、読みは「モンクレール」である。もはや、モンスターですらない!

ここまでくると、何らかの戦略的な判断に基づく行動というより、何も考えずに「モンスター」っぽいものが目に入ったら反射的に殴りかかっているだけにしか思えない。まさに狂気のモンスタークレーマーである。

トンデモクレームの根拠とは?

クレームと書いたが、その具体的なアプローチは、他社が「モンスター」を含む商標を登録したら、これに対して異議申立を提起し、商標登録の取り消しを求めるというものだ。その言い分は以下の通り定型化している。

1.「モンスター」はモンスターエナジーブランドの総称として有名である。

2.「○○モンスター」(例えばポケットモンスター)の商品が販売されると、モンスターエナジーと関係があると混同されるおそれがある。

3.「○○モンスター」(例えばポケットモンスター)は、モンスターエナジーに便乗しており、モンスターエナジー社に経済的、精神的苦痛を与えるので公序良俗に反する。

商標法上、「他者の商品と混同されるおそれがある」「公序良俗に反する」などの条件に当てはまる商標は、商標登録できないことになっている。その条件に、どうにかして「ポケットモンスター」や「モンスターストライク」などをこじつけようとした結果、冗談のような……いや、もはや誇大妄想というべきあり得ない主張になってしまった。ポケモンやモンストの商標が、いったいどうやってエナジードリンクの会社に経済的、精神的苦痛を与えるというのだろうか。

負け続けるモンスターエナジーはいい笑いもの!?

このようなムチャなモンエナ理論が当局に認められることは、もちろんない。筆者の調査によれば、2024年までに日本でモンスターエナジーが特許庁や裁判所において争った同社の戦歴は、実に163戦0勝163敗。全敗なのである。その結果は、都度、特許庁や裁判所のウェブサイトなどで公表されるので、彼らは専門家の間でいい笑いものになっている。

なお、日本でモンスターエナジー社が仕掛けているのは、「モンスター」を含む商標登録に対する異議申立であって、実際にMIXIや任天堂、カプコンなどが、直接、モンスターエナジー社に「モンスター○○」の使用中止を求められたという話は聞かれない(少なくとも表沙汰にはなっていない)。

だがモンスターエナジー社の本拠地、米国では、商標への異議申立だけでなく、ときに使用中止を求める直接的な警告もなされている。やり口としては、日本同様、「MONSTER ○○」の商標出願を確認したら、これに対して異議申立を行うというものだが、同時に商標出願人に警告書を送り、使用中止と商標出願の取り下げを要求することがあるようなのだ。そしてムチャクチャな警告を受けた側が、怒りのあまりネットなどで公表し、度々非難の的になっている。

中小企業の反撃に、モンスターエナジーへの反発広がる

例えば、バーモント州で「バーモンスター(VERMONSTER)」というクラフトビールを製造販売する社員7名の小さな醸造所ロック・アート・ブルワリーは、2009年にモンスターエナジー社(当時ハンセン・ビバレッジ)から、販売中止と弁護士費用の支払いを求める警告書を受けたことを地元紙に明かしている。この地元紙の報道をきっかけに、SNSやブログなどでモンスターエナジー社に対する非難が殺到し、ニューヨーク・タイムズなどの全国紙も取り上げる事態となった。

SNSではモンスターエナジーのボイコットを呼びかける投稿が集まり、実際にバーモント州では取り扱いを中止する業者も出た。最終的に、モンスターエナジー社は警告を取り下げ、VERMONSTERの販売継続を認める合意書をロック・アート・ブルワリーと締結している。

2023年には、インディーズゲームメーカーのグロウスティック・エンタテインメント社のCEOが、SNS上でモンスターエナジー社とのトラブルを暴露。同社から、ゲーム「Dark Deception:Monsters & Mortals」の商標に異議申立を受け、商標出願の取り下げやロゴデザインの変更、今後制作するゲーム作品における「MONSTER」という単語の使用禁止など、ムチャクチャな要求を受けたやり取りを公表した。モンスターエナジーは世界中のゲーマーからひんしゅくを買い、その後同社の異議申立は、当然の如く、米国特許商標庁において退けられている。

モンスターエナジーから異議申立を受けたらどうすればいい?

ちなみに、こんなにも多くのゲーム会社にケンカを売っておきながら、モンスターエナジー社は東京ゲームショウのスポンサーを務め、ブース出展もしている。よくそんなことができるな。ものすごい厚顔ではないか。いつか誰かにブースが襲撃されても、ゲーム業界で多方面の恨みを買い過ぎて、犯人を特定できないんじゃないか!?

商標権を濫用して、競合や中小企業を排除し、競争の秩序を歪める行為は、米国では「Trademark bullying」(商標いじめ)と呼ばれ問題視されている。その筆頭がモンスターエナジーなのである。なお、日本の商標異議申立制度では、異議を申し立てられた側は、答弁する必要がない(特許庁が一旦異議に根拠があると認めた場合にのみ、反論の機会がある)。したがって、もし彼らから異議申立を受けても、臆さずに無視するのが一番である。費用をかけずして、モンスターエナジーが勝手に負けてくれるだろう。

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