参院選から考えるロシアの影響工作と情報空間

2025年7月20日に投開票が行われた参議院議員選挙に対して、国外アクターの選挙介入があったのではないかと問題になった。選挙期間中の7月15日に情報法制研究所の山本一郎氏が掲載した、「ロシア製偽情報に操られる日本の選挙と参政党」というnoteに端を発する動きであった。ロシア製の「ボット」と呼ばれる自動プログラムが日本の政権を狙った偽情報の拡散や印象操作を行っていると山本氏が指摘し、そこで指摘されたX上のアカウント5件が翌日には凍結された。

選挙後にこの問題が複数のメディアによって取り上げられると、ロシアの政府系メディアであるSputnik日本のコンテンツを拡散していると山本氏に指摘されたJapan News Naviの運営者は、ロシア政府との繋がりはないと朝日新聞NHKなどのインタビューで否定した。メディアの取材に応じた研究者の間でも、ロシアの介入があった可能性を指摘するものもあれば、金銭目的だったのではと指摘するものもあった。

しかし、ロシア政府のプロパガンダや偽情報を誰が意図を持って拡散しようとしていたかを調査することには、あまり意味がない。そうした意図の存在を証明することが難しいのみならず、ロシアの情報発信を無自覚に手伝わせるということも、ロシアによる影響工作の一つの側面だからである。

大量のトロール・ボットアカウントによる影響工作

ドイツの対外情報機関である連邦情報局のブルーノ・カール長官は、2024年11月末、ロシアの情報工作がかつてない規模に拡大していると警告を鳴らした。情報空間における攻撃がロシアの「新世代戦争」の中核的手段となっており、主な目的は敵を内部から弱体化させることであると指摘した。ジョージア、フランス、モルドバ、ルーマニアなど、各地で親ロ派の候補が選挙で当選し続けているのは、この成果によるものであると指摘されている。

ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、SNS上におけるロシアの影響工作は、近年、大量のトロール(誹謗中傷などインターネット上の迷惑行為)・ボットアカウントを形成し、著名人やインフルエンサーなどのポストに対する返信を利用してロシアのプロパガンダを拡散するという手法を取ってきたという。多くのフォロワーを抱えるインフルエンサーのオンライン上の会話に絡み、注目を引く。作られたばかりのフォロワー数の少ないアカウントであっても、人目につく形で情報発信をできるようにするためである。

同じことは、日本語のオンライン言語空間においても起きている。インフルエンサーでも著名人でもないが、ロシアの影響工作に関して筆者がX上で投稿した際に見られたロシア系アカウントの動きが、まさにこれを示していた。

筆者は、ロシアの影響工作が日本で拡大していると指摘する日本経済新聞の記事を25年7月2日にX上で共有した。参院選公示日の2日前である。筆者のXアカウントには5000弱のフォロワーしかおらず、拡散力は大きくない。それにもかかわらず、このポストに対するコメントおよび引用ポスト(コメントを付してこの内容をリポストするもの)の数は、全部で533件に及んだ。なお、筆者は本ポストに対して行われたコメントや引用リポストに一切反応しなかった。

筆者がX上で行ったロシアの影響工作に関する日本経済新聞記事の紹介ポスト(注:数字は2025年9月10日時点のもの) 出典:@IchiharaMaikoによるX上のポスト(25年7月2日)。

筆者のポストに対してコメントを付けずにリポストするものや「いいね」を付すものは、投稿内容に賛同したり、この投稿内容を拡散しようとしたと考えられる。これに対して、何らかのコメントをしたり、引用リポストをしたものは、「ロシアを悪く書くしか脳がないバカwww」などと筆者や日経新聞記者をおとしめる内容、および「『ロシアのプロパガンダ』というプロパガンダ」などとロシアの影響工作を否定する内容のものが少なくなかった。

これらのポストに対するコメントと引用リポストをしたアカウントのうち、どの程度がロシア系アカウントなのか、調査を行った。米国のデジタル・フォレンジック・研究ラボ(通称DFRLab)が24年末に行った調査において追跡した中ロのトロール・ボットアカウントとの繋がりの有無に着目し、中ロの言説を通常から拡散しているこれらの主要アカウント複数にフォローされ、中ロの言説空間の中で活動していると見られるアカウントと、中ロの言説空間とは無関係であると見られるアカウントを区別した。

筆者のポストに対して反応したネットワークを示したものが、下図である。赤いノードはロシア系と見られるアカウントを示したものである。筆者のポストにコメント・引用リポストをしたアカウントのうち、約32%がロシア系アカウントからの反発であった。ロシア系アカウントの数は92件、これらによるコメント・引用リポスト数は218件に及んだ。しかも、これらのアカウントが行った引用リポストのさらなるリポストは本ネットワーク図には含めていないため、ロシア系言説を拡散しようとする動きは、実際にはこれよりもさらに大きなネットワークである。

注:緑のノードは筆者のアカウントを示す。赤いノードは、中ロの言説を拡散する主要なアカウント複数にフォローされており、ロシアの言説空間で活動していると見られるアカウントを示す。黒いノードはそれら以外のアカウントを示す。 出典:Gephiを用いて筆者作成。

2024年7月の時点で、米司法省は約1000件におよぶロシアのボットファーム関連アカウントを特定していた。大量のアカウントが作られているのは、一部のアカウントが削除されても他のアカウントから情報拡散を続けること狙いであろうと、ウォール・ストリート・ジャーナルのアレクサ・コース氏は指摘する。こうした大量のアカウントが、インフルエンサーや著名人のアカウントへのコメントを通じて、ロシアのプロパガンダを拡散させてきたのである。

下支えするトランプ政権の動き

しかも現在の米国には、ロシアの影響工作を事実上下支えしてしまう動きがある。トランプ政権はロシアや中国による影響工作の動きを調査し、これに対する対抗を担っていた国務省グローバル・エンゲージメント・センターを閉鎖した。他国の独立系メディアに対して行われていたUSAIDの援助も止め、各国の調査報道を弱体化させた。中国やロシアをはじめとする権威主義国政府のプロパガンダによって覆い隠される情報を報道していたボイス・オブ・アメリカやラジオ・フリー・アジア、ラジオ・フリー・ヨーロッパなどへの資金提供も中止し、現地政府メディア以外から発出される情報を弱体化させた。

SNSプラットフォーム規制も緩和の方向で動いてきた。バンス米副大統領はミュンヘン安全保障会議において、SNS上におけるヘイトコンテンツに対するEUの規制を批判し、トランプ政権はデジタルサービス法に基づいて行われるEUのプラットフォーム規制に対して、規制に関与した人物への制裁発動を検討していると報じられた。

プラットフォーマーもこうした政権の方向性に呼応してきた。第2次トランプ政権誕生前にイーロン・マスク氏がX上における偽情報のファクトチェック機能を中止したことに続き、第2次トランプ政権成立以来、FacebookやMetaなどの他社も同様の動きを取った。ロシアが発する偽情報や悪意ある情報がさらに拡散され易い土壌を形成してしまっている。

そもそもトランプ大統領は、ロシアが各国で選挙干渉を行っているという指摘はデマだと否定している。2016年の大統領選に対するロシアの選挙干渉が選挙結果に影響を与えたとの指摘についても、トランプの正当性に疑念を投げかけようとする意図に基づいて行われた政治的な動きだと主張してきた。

親ロ派情報を提示するAIチャットボット

ロシアの影響工作に対して、そして特に偽情報や悪意ある情報に対して、AIで対抗できないかと考える向きも多いだろう。X上ではGrokを用いてファクトチェックを試みる投稿などもしばしば見られる。しかしロシアが大量の親ロ派ナラティブをオンライン上に拡散し、それをAIに学習させていることにも注意が必要である。

2025年2月にこれを発見した米国の非営利団体「アメリカン・サンライト・プロジェクト(ASP)」は、ロシアによるこの活動を「LLMグルーミング」と名付けた。親ロ派ウェブサイトにロシア政府系メディアの記事を大量に掲載させ、これらの記事をChatGPTやGrokをはじめとする各種AIが読み込めるようにし、ロシアの偽情報・プロパガンダを学習させている。記事の掲載は休みなく行われており、掲載行動自体にもAIの関与が指摘されている。ASPによれば、このようにして生産される親ロ派プロパガンダ記事は年間少なくとも360万本に及んでいる。

Pravdaと名付けられたロシアの情報ネットワークは、親ロ派ニュースが機械翻訳されたと見られる日本語記事も大量に掲載している。このウェブサイトに掲載された記事は、検索が容易にできないなど、人間が読むにはサイト構造が適していない。人間によって読まれようと読まれなかろうと大量に親ロ派の情報を掲載することで、AIに影響を与えようとしていると推測される。

下図に見られるように、Pravda日本に掲載されているのは、Topwar、Tass通信、Sputnikなどへの掲載記事、あるいはSNSであるTelegram上の書き込みである。25年4月初めにはTelegramからの記事掲載数が増え、半ばからはTopwarへの日本語記事の掲載が始まったことを受けて、これがPravda日本に大量に掲載されるようになった。それにより、多い時では一日で250本の親ロ派の記事がプラウダ日本に転載されている。

Pravda日本に掲載された記事件数の推移

出典:Portal Kombat, “PRAVDA DASHBOARD.”

こうした大量のロシアのプロパガンダ・偽情報は、既にAIに無視できない影響を与えている。NewsGuardのソフィア・ロビンソン氏が25年8月に調査した結果、物議を醸すトピックに関して10件の主要AIが虚偽情報を提示する割合は35%にも上ったという。特に虚偽情報提示率が高かったのはInfection(56.67%)とPerplexity(46.67%)であったが、いずれのAIも虚偽情報を提示していた(下図)。

AIによる虚偽情報提示率

出典:Sofia Rubinson, “Chatbots Spread Falsehoods 35% of the Time,” NewsGuard (September 5, 2025).

しかも虚偽情報が提示される割合の平均は、過去1年間で2倍になっていた。理由は、敏感な話題などへの回答を避けていた以前の方式が弱まり、AIチャットボットが何でも解答するようになってきたこと、およびその際にロシアが意図的に発出している偽情報なども情報源として利用していることだと指摘されている。

さらに、Pravdaの記事はWikipediaのソースリンクやXのコミュニティノートにも頻繁に使用されていると、ヴァランタン・シャトレ氏とアモーリ・レスプランガール氏の調査が明らかにしている。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、欧米諸国ではロシア政府系メディアの活動が禁止されていることが多い。これに対してPravdaにロシア政府系メディアの記事が転載されると、情報ロンダリングが行われ、記事の本当の出典が分かりにくい状態でWikipediaやXコミュニティノートに入り込む。

しかも、WikipediaはLLM(大規模言語モデル)の主要な情報源である。そのため、Pravdaの記事をもとに書かれたWikipedia上の虚偽情報が、AIチャットボットに読み込まれてAIがさらに虚偽情報を提示するようになっている。

AIを用いて情報収集を行う人々が増えている現在、こうしたAI汚染の動きは人々にロシアの偽情報やプロパガンダを信じ込ませる原因になる。AIが提示した解答がどのような情報源から導き出されたものであるかを考えず、あるいは情報源の信ぴょう性を考えることなく、ロシアの偽情報やプロパガンダを真実として一般の人々が受け入れてしまう危険性が高まっている。

分断の架橋と汚職防止で社会の強靭性を

選挙干渉の際にも、それ以外の際の影響工作においても、対外アクターは既存の分断を悪化させ、社会を不安定化させようとする。2025年7月の参院選の際も、高齢女性の出産問題、反ワクチン、日米関係など、異なる立場を取る人々がいる論点に関してロシア系アカウントがコメントをしているケースが多く見られた。

さまざまな論点を巡って異なる意見が生じるのは、民主主義社会においては自然なことである。われわれに求められているのは、特定の意見を強固に主張するのではなく、異なる意見の中で妥協点を見い出すことが真の強さであるということを、人々に理解してもらうことであろう。また、ネット上で議論を完結させるのではなく、対面での対話の機会を増やすことで、相手を尊重しながら交渉し妥結するという慣習を取り戻していくことも肝要である。

そして、ロシアの選挙干渉が親ロ派の当選に結び付いているケースに共通して見られるのは、国内の主要政治アクターの中にも親ロ派がいるということである。24年末のジョージア議会選挙および大統領選挙において親ロ派政党「ジョージアの夢」が勝利したのも、同時期に無名の親ロ派候補がルーマニアの大統領選挙の第1回投票で首位に立ったのも、ロシアのSNS上での情報工作に加えて、影響力を持つ親ロ派や極右ポピュリストが国内にいたためである。

特にロシアは、英国で見られたように、土地取引やエリートとの経済取引などでロシアの資金をまん延させ、それを政治的なてこに利用してきた。その際、汚職資金が用いられることが多い。国境を越えた汚職撲滅の取り組みを強化するとともに、そうした資金の日本への流入を防止する動きも強化する必要がある。

一体感を持ち、包摂的で、人々が誇りを持つことができる日本社会を作ることが、外国からの選挙干渉に強い強靭(きょうじん)な社会を作る。日本社会に住む人々の間の信頼関係を取り戻すための施策が求められている。

バナー写真;街頭演説する参院選の候補者にスマートフォンなどを向ける聴衆=2025年7月13日、東京都千代田区(時事)

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