6種類の機能を持つD-アミノ酸代謝酵素を初期の生命から発見--北里大学
北里大学薬学部分析化学教室の宮本哲也講師、東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らの研究グループは、共通の祖先に近い生物である超好熱菌Thermotoga maritimaから異なる6種類の機能を持つ多機能型アミノ酸代謝酵素を発見しました。この多機能型酵素は、D-アミノ酸及びL-アミノ酸の両方を代謝できることを明らかにしました。さらに、酵素の立体構造及び反応メカニズムを明らかにしました。この研究成果は、2024年12月11日付で、米国化学会の学術誌「ACS Catalysis」に掲載されました。
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・多機能型アミノ酸代謝酵素TM1270は、異なる6種類の機能を有する前例のない酵素であることを明らかにしました。
・多機能型アミノ酸代謝酵素TM1270は、D-アミノ酸及びL-アミノ酸の両方を代謝できることを明らかにしました。・多機能型アミノ酸代謝酵素TM1270の立体構造を明らかにしました。・多機能型アミノ酸代謝酵素TM1270が持つ異なる6種類の機能の反応メカニズムを明らかにしました。■
■研究内容と成果 本研究では、共通の祖先に近い生物である、超好熱菌Thermotoga maritimaを対象にD-アミノ酸代謝酵素を探索しました。我々の研究グループでは、以前大腸菌から多機能型アミノ酸代謝酵素 (シスタチオニン b-リアーゼ) を発見しており (参考文献1)、その知見に基づいてThermotoga maritimaのTM1270という酵素に注目しました。TM1270は、ラセマーゼ活性、bC-Sリアーゼ活性、デヒドラターゼ活性、アルドラーゼ活性、デカルボキシラーゼ活性、アミノトランスフェラーゼ活性の異なる6種類の活性をいずれも効率良く触媒することを明らかにしました 【表1】。ラセマーゼ活性とは、L-アミノ酸とD-アミノ酸を相互に変換する活性、すなわち、L-アミノ酸からD-アミノ酸を合成する活性です。TM1270は、14種類のアミノ酸に対してラセマーゼ活性を示し、その中でグルタミン酸に対して最も活性が高いことが明らかになりました。また、我々の研究グループは、過去の研究でTM1270が細胞壁の構成成分の一つであるD-グルタミン酸の合成に寄与していることを明らかにしています (参考文献2)。bC-Sリアーゼ活性とは、システインなどに含まれる炭素-硫黄結合を切断する活性で、システインはピルビン酸、硫化水素、アンモニアへと分解されます。TM1270は、L型とD型両方のシステインとL-シスタチオニンを分解する活性を有することを明らかにしました。デヒドラターゼ活性とは、セリンなどヒドロキシ基 (-OH) を含むアミノ酸を分解する活性で、セリンはピルビン酸とアンモニアに分解されます。TM1270は、L型とD型の両方のセリン及びL-allo-スレオニンに対してデヒドラターゼ活性を示すことが明らかとなりました。アルドラーゼ活性とは、炭素-炭素結合を切断する活性で、例えば、スレオニンをグリシンとアセトアルデヒドに分解する活性です。TM1270は、L-スレオニンとL-allo-スレオニンに対してアルドラーゼ活性を示すことがわかりました。デカルボキシラーゼ活性とは、カルボキシ基 (-COOH) を持つアミノ酸に対して作用し、二酸化炭素を脱離させる活性です。TM1270は、L-アスパラギン酸をL-アラニンと二酸化炭素に分解する活性を有することを明らかにしました。アミノトランスフェラーゼ活性は、アミノ酸のアミノ基 (-NH2) を2-オキソ酸へと転移させ、別のアミノ酸を合成する活性です。TM1270は、16種類のL-アミノ酸及び7種類の2-オキソ酸に対してアミノトランスフェラーゼ活性を示すことが明らかになりました。以上の解析結果から、TM1270は非常に多くのD-アミノ酸及びL-アミノ酸を代謝することができる前例のないアミノ酸代謝酵素であることが明らかとなりました。
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■論文情報
DOI:10.1021/acscatal.4c05275
・ペプチドグリカン
細菌の細胞壁に存在するペプチドグリカンは、N-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸が交互に繋がっており、ペプチド鎖によって架橋されている。このペプチドには通常、D-アラニンとD-グルタミン酸の2種類のD-アミノ酸が含まれている。Thermotoga maritimaのペプチドグリカンにおいては、これら2種類のD-アミノ酸に加えて、D-リジンが含まれている。・D-アミノ酸合成酵素
L-アミノ酸からD-アミノ酸を合成するアミノ酸ラセマーゼと、ある種類のアミノ酸を別の種類のアミノ酸に変換するD-アミノ酸アミノトランスフェラーゼが含まれる。上記ペプチドグリカンに含まれている2種類のD-アミノ酸は、アラニンラセマーゼとグルタミン酸ラセマーゼによってそれぞれ合成される。Thermotoga maritimaにおいて、D-リジンはリジンラセマーゼ、D-グルタミン酸はTM1270及びD-アミノ酸アミノトランスフェラーゼによって合成されることを、我々の研究グループが明らかにした (参考文献2、3)。・バイオフィルム
微生物や微生物が生産する物質 (多糖類、タンパク質、DNAなど) が集まってできた構造体の総称である。D-アミノ酸は、細菌のバイオフィルムの形成を阻害したり、解体を促進したりすることが明らかとなっている。・シスタチオニン b-リアーゼ
細菌において、アミノ酸の一種であるL-メチオニンの合成に関わる酵素である。我々の研究グループでは、この酵素がbC-Sリアーゼ活性に加えて、アミノ酸ラセマーゼ活性及びセリンデヒドラターゼ活性を有することを明らかにした (参考文献1)。・ L-allo-スレオニン
スレオニンは、2つの光学活性中心を有していることから、4つの異性体が存在している。すなわち、L-スレオニン、D-スレオニン、L-allo-スレオニン、D-allo-スレオニンである。・X線結晶構造解析
タンパク質の結晶を作り、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することで、タンパク質の立体構造を明らかにする方法である。・ピリドキサールリン酸
ビタミンB6の活性型であり、酵素内のリジン残基と結合して補酵素として作用する。ピリドキサールリン酸を補酵素とする酵素においては、活性の発現に欠かせない化合物である。■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学薬学部分析化学教室 講師 宮本哲也 e-mail:miyamotot@pharm.kitasato-u.ac.jp
e-mail:[email protected]
【表1】TM1270が有する6種類の機能
【図1】TM1270の立体構造 (4量体; 左) 及び活性中心部位 (右) ※202番目のリジン (K202) と結合したピリドキサールリン酸の電子密度マップを青色のカゴで示している。