英スターマー政権の選挙大敗、GCAP開発資金確保に影響を及ぼす可能性

英国は社会保障費削減に手がつけられずGCAP開発の財政的裏付けになる国防投資計画が行き詰まっているのだが、スターマー政権は選挙大敗を受けて国防投資計画どころではなくなっており、もし労働党の党首選が発議されればEdgewingの開発資金がショートするかもしれない。

参考:Chancellor warns leadership contest would cause ‘chaos’, as Rayner cleared over tax affairs 参考:GCAP zagrożony? Wahanie Japonii

Edgewingは英伊日の次世代戦闘機=GCAP本格開発に向けて「初の国際共同契約が締結された」と発表したが、これは英国の資金不足を反映した6月末までのつなぎ契約に過ぎず、スターマー政権は野党から「いつになったら国防投資計画を公表するのか」「きちんとスケジュールを提示しろ」「2週間後に議会が閉会するまでに公表できるのか」と問い詰められ、半年以上も繰り返してきた「スナク政権から引き継いだ計画は費用が算出されていなかったため実現不可能だった」「できるだけ早く公表する」というポジショントークを繰り返すことしか出来ない。

出典:Edgewing

スターマー政権が国防費の増額方針を示す国防投資計画を公表できないのは財源(推定280億ポンドの不足)が確保できないためで、社会保障費の大幅削減を試みたものの労働党議員の約1/4が「労働党の魂(労働者や社会的弱者の保護)を売るのか」と反発したため頓挫し、既に削減した海外援助のさらなる削減も労働党議員から「こうした削減は労働党の価値観に反する」「海外援助を削減する動きは本当に不当だ」と反対の声が上がり、リーブス財務相は市場の支持を維持するため借入ルールの変更に強く反対しているため市場からの資金調達も困難になっている。

国防戦略の見直しを行ったジョージ・ロバートソン卿(労働党所属でブレア政権時代の国防相、その後に第10代NATO事務総長を務めた人物) も、国防投資計画を公表しないスターマー首相について「今日の政治指導者層には国家を内部から蝕むような深刻な慢心が蔓延している」「彼らはリスクや脅威、そして真っ赤な危険信号に対して口先ばかりの懸念を示してみせるが、約束されていたはずの国防に関する国民的な議論すら未だに始められずにいるのだ」と批判。

出典:UK Prime Minister

要するに「国防投資計画を公表して『これを実行するためには社会保障費の大幅削減が必要だ』と議会や国民に明かし、この不都合な現実を直視するか、不安定な世界において安全を失うという代償を支払うかを議論すべきだ」という意味で、GCAP本格開発に対する出資も国防投資計画によって財政的な裏付けが行われるため、選挙公示日から選挙当日まで重要な計画や予算関連文書の発表を凍結するパーダ期間明け=5月8日以降の動きに注目が集まったが、選挙に大敗したスターマー政権は国防投資計画どころではない。

5月7日投票の地方選挙(約5000議席)で与党の労働党が1400議席以上を失う大敗、最大野党だった保守党も561議席減で大きく後退し、リフォームUKが労働党や保守党から議席を奪う形で1400議席以上を獲得する大勝利を収め、スターマー首相は「選挙の結果の責任をとるが辞任はしない」と述べたものの、これに反発した4人の閣僚が辞任し、70人以上の労働党議員からも辞任を求める声があがり、閣僚の中からも党首選出馬への動きや噂が飛び交い、もしウェス・ストリーティング保健・社会介護相が閣僚を辞任すれば党首選発議はほぼ確実だ。

出典:GlobalCombatAir

週明けに党首選が発議されれば最低でも7月までは政治的混乱や政策停滞が避けられず、6月末までのつなぎ契約が切れてEdgewingの開発作業に影響が出るかもしれない。

Financial Timesが「GCAP購入国」もしくは「戦闘機開発への参加」に関心を持つ可能性がある国に挙げたポーランドのディフェンスメディア=Defence24も14日「第6世代戦闘機開発プログラムのGCAPは競合する欧州のプログラムを凌駕して極めて順調に進展してきたが、現在は先行きに暗雲が立ち込めている。そのすべての原因は英国が抱える問題にある」と報じた。

出典:Edgewing

“GCAP出資の財政的裏付けは国防投資計画に含まれており、英国側の資金供給が確保されていない状況は開発プロセス全体の停止を意味し、これは2035年に予定されているGCAP運用開始を危ぶませることになるだろう。Edgewingの開発資金はどうにか6月末までの3ヶ月分が確保された状況だが、この期間を過ぎても国防投資計画が承認されなければ開発作業は停止し、深刻な遅延が生じる危険性がある”

“日本はF-22導入計画の頓挫を経験し、独自のF-X計画を推進するため先進技術実証機=ATD-Xを飛ばしたが、最終的に「高度な技術を要する戦闘機を単独で開発する能力を完全には獲得できない」という結論に至った可能性が高い。日本はF-35導入でも国内での最終組立施設(FACO)獲得にとどまり、F-X計画として米国製戦闘機導入という選択肢は最初から閉ざされていた。韓国とのKF-X共同開発は政治的理由から論外であり、トルコの第5世代戦闘機開発計画は技術的進展が遅く異質であった。FCASも欧州域内の計画であるべきとされていた”

出典:Dassault Aviation

“したがって、エンジンやアビオニクスを含む欧州の航空技術がパッケージ化された英国主導の計画は日本にとって理想的だったものの、現在浮上している英国の資金難は日本側の前提条件を根底から覆すかもしれない。日本にとってスケジュールの遅延は単なる割に合わない取引以上の問題、つまり日本のF-15、F-2、F-35は中国の第5世代戦闘機や第6世代戦闘機と対峙せざるを得ない状況に追い込まれることを意味し、中国の圧倒的な数的優位を考慮すれば、次世代戦闘機の欠如は断じて許容できない事態だ”

“こうした中、トランプ政権は戦闘機輸出政策を転換させてダウングレードバージョンのF-47輸出を容認し、輸出可能な国としてオーストラリア、英国、日本を挙げている。F-47計画はGCAPと異なり潤沢な資金と確固たる一貫性のもとで開発が進められており、早ければ2028年に初飛行が予定されている。そのため日本にとってF-47は極めて強力なGCAPの代替案となる。トランプ政権のダウングレードバージョン輸出はGCAP計画の切り崩しを意図した計算高い代替案だ。これが成功するかどうかは時間が経てば分かるだろう”

出典:UK Prime Minister

結局のところ英国の国防投資計画が動かないとGCAPの開発作業は止まる可能性が高く、仮に党首選発議が回避できても推定280億ポンドの財源確保が課題で、今のところポジティブな要素はどこにも見当たらない。

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※アイキャッチ画像の出典:Edgewing

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