拡大中の「ナマケモノ熱」とは、南北米で1万2000人以上が感染
ノドジロミユビナマケモノ(Bradypus tridactylus)は、南米北部の熱帯雨林におけるオロプーシェウイルスの保有宿主のひとつ。(PHOTOGRAPH BY MIROSLAV SRB, SHUTTERSTOCK)
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「ナマケモノ熱」ことオロプーシェ熱は、近年までアマゾン地域の外ではほとんど見られず、2023年末より前には、症例も年間で数百ほどに過ぎなかった。ところが今、かつて症例が見られなかった南北米地域の国々にも、この病気を引き起こすオロプーシェウイルスの感染が広がっている。2024年には世界で初めての死者がブラジルで確認され、健康だった若い女性2人が命を落とした。
西半球全体での増加傾向に、科学者は警戒を強めている。8月13日付けの汎米保健機構(PAHO)の報告書によると、2025年はこれまでに11カ国で1万2000件以上の確定症例が記録されており、英国でも初めての症例が報告された。ただし、死亡例はごく少数にとどまっている。
「実際の感染者数はもっと多いはずです」と、米ケンタッキー大学医学部のウイルス学者ウィリアム・デ・スーザ氏は言う。「無症状の症例がどれだけあるのかはわかりませんから」
1955年に初めて発見されたオロプーシェウイルスは、ヌカカの一種であるCulicoides paraensisという小さな昆虫を介して人に感染する。ヌカカは農村部を中心に、世界各地に生息している。体長はわずか3ミリほどで、刺されると本体と同程度の大きさの赤い腫れを残す。
「ヌカカに刺されても、気づかない人もいるほどです。動きが速すぎて目に見えないのです」とデ・スーザ氏。(参考記事:「年270万人が死亡する動物由来感染症 動物から人へどううつる?」)
ヌカカの一種(Culicoides paraensis)は、人間の血を吸うときにオロプーシェウイルスを媒介する。ヌカカがどのようにウイルスを広げるのかを研究する際には、よく似た別種(Culicoides nubeculosus、写真)が用いられることが多い。(PHOTOGRAPH BY SINCLAIR STAMMERS, SCIENCE PHOTO LIBRARY)
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このヌカカは小さくても、オロプーシェウイルスを人間やほかの動物のもとへ運ぶ力を持っている。アマゾンの雨林地域では、ヌカカが鳥類や霊長類のほか、ノドジロミユビナマケモノ(Bradypus tridactylus)などの哺乳類の間にこのウイルスを広めている。そのため、この病気は通称「ナマケモノ熱」とも呼ばれる。(参考記事:「ナマケモノは命がけでうんち、死因の半分以上の報告も、なぜ?」)
現在、オロプーシェウイルスが従来の範囲を越えて広がっていることから、科学者らは、ウイルスが拡大しうる経路の検討を進めている。
米疾病対策センター(CDC)が注目しているのは、このウイルスが米国にいる蚊によって運ばれるかどうかだ。蚊は長らく媒介者ではないかと考えられてきたが、最近の研究では、その可能性は低いことが示唆されている。
また、オロプーシェウイルスが精液の中から見つかった例はあるものの、性行為による感染例は確認されていない。