海底ケーブルの磁場に惹かれるメスのカニ 繁殖行動を狂わせる「見えない罠」
海底ケーブルは、今や我々のエネルギー網にとって大動脈となっている。実はケーブルのまわりには、ごく弱い磁場が生まれる。この「見えない信号」が、思わぬ形で海の生き物たちに影響を与えているという
イギリス・ポーツマス大学が主導する研究チームが行った実験によると、ヨーロッパミドリガニのメスだけが、ケーブルの低周波の磁場のある側に長くとどまり、動きも散漫になることが確かめられた。
メスは、海底ケーブルに魅力を感じているようで次々と引き寄せられていく。このことが、カニの繁殖行動に深刻な影響を及ぼす可能性があるという。
この研究成果は『Environmental Science & Technology Letters』誌(2025年9月15日付)に掲載された。
ポーツマス大学の実験では、制御した磁場を作る装置「ヘルムホルツコイル」を水槽の一端に配置した長方形の実験水槽を用いた。
今回のコイルは500・1000・3200μT(マイクロテスラ)までの電磁場(EMF)を生成でき、海底送電ケーブルの近くで実際に観測される範囲をカバーしている。
最大値の3200μTは、浅く埋設された、もしくは露出したケーブルのそばで観測される高めのレベルを想定している。
この画像を大きなサイズで見るLuis Miguel Bugallo Sánchez, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons今回使われたヘルムホルツコイルは、500μT(マイクロテスラ)から、最大で3200μTまでの精密な電磁場(EMF)を生成できるものだった。
これは海底電力ケーブルの近くで実際に発生するレベルの磁場を、埋設された深さごとに再現できるようにしたものであり、3200μTは剝き出しのケーブルのすぐ近くのEMFレベルである。
コイルに電流を流すと、水槽内には3つの目に見えないゾーンが生まれる。もっとも強い磁場をもつ「COILゾーン」、磁場の影響がほとんどない「FARゾーン」、そしてその中間にあたる「MIDゾーン」である
この水槽に、オス60匹・メス60匹の若いヨーロッパミドリガニを1匹ずつ投入。それぞれ10分間の実験中、コイルに通電して電磁場を発生させ、カメラでカニたちの動きをすべて記録した。
この画像を大きなサイズで見るimage credit: James et al., Environ. Sci. Technol. Lett. (2025). CC BY 4.0まず、コイルがオフになっている間、カニたちは水槽の中をランダムに歩き回っており、特に場所や歩くスピードに法則性は見られなかったという。
だが、コイルをオンにすると、オスとメスのカニの間で明らかに行動に違いがみられるようになった。
メスはコイルに近いゾーンへと移動し、通電中はそこに長く留まる傾向が見られた。滞在時間は通電していない時と比べて平均で約1.3倍に増加したという。
その一方で、オスは条件によって反応がまちまちで、通電の有無によるはっきりした傾向は見られなかった。
研究チームによると、メスは磁気のある側での滞在時間が平均でほぼ倍(87~131%)増え、中くらいの強さでは移動量が約3割落ちたという。しかも、地球の磁気の数倍にあたる、かなり弱い強さでもこの様子が見られた。
これは海底送電ケーブルの電磁場に、カニの性別による反応の差があることを示した初の研究です。
しかもこの差は、電磁場の強さにかかわらず明確に見られたという事実は、洋上エネルギーインフラが海の生態系に与える影響について、これまで以上に慎重な検討が必要であることを示唆しています。