コラム:トランプ流「交渉術」再び、米関税政策とドル円相場=尾河眞樹氏

「われわれは中国に対し一つの非常に大きな力を持っている。それは関税だ。彼らはそれを望んでおらず、私はむしろそれを使いたくない」──。トランプ米大統領は23日に放送された米FOXニュースのインタビューでこのように述べた。尾河眞樹氏のコラム。写真はフロリダ州マイアミで27日撮影(2025年 ロイター/Elizabeth Frantz)

[東京 29日] - 「われわれは中国に対し一つの非常に大きな力を持っている。それは関税だ。彼らはそれを望んでおらず、私はむしろそれを使いたくない」──。トランプ米大統領は23日に放送された米FOXニュースのインタビューでこのように述べた。また、17日に行われた習近平中国国家主席との電話会談について聞かれると、「非常にうまくいった」、「自分の友人のようだ」などと話したという。

金融市場ではこれらの発言が好感され、米株価は上昇。早くもトランプ氏の対中強硬姿勢は和らいでおり、関税引き上げによる米国経済へのマイナスの影響は少ないのではないか、との楽観論が広がりつつあるようだ。しかしトランプ氏は、先述した習主席との会談後の21日には、これと全く異なる発言をしていた。ホワイトハウスで開かれた記者会見で、「中国が薬物の『フェンタニル』をメキシコやカナダへ運んでいるという事実をもとに、中国に10%の関税を課すことを議論している」と発言。そして対中関税引き上げの時期については「おそらく2月1日になる。この日はメキシコとカナダにも25%の関税を課すことを議論している」とも述べたのである。このように関税引き上げを明言したにもかかわらず、そのたった2日後に「中国に対して関税を使いたくない」と言われても、正直なところ理解に苦しむ。

振り返れば2017年から20年までのトランプ政権第1期でも、同様に発言が一貫しないことはあった。安倍晋三元首相とトランプ氏の蜜月は有名だが、トランプ氏は一期目就任早々の17年2月にはフロリダにある自身の別荘「マール・ア・ラーゴ」に外国の首脳として初めて安倍氏を招待し、二人でプライベートなゴルフに興じた。しかし、この直前の1月末には「他国は資金供給と通貨切り下げで有利な立場をとってきた。中国や日本は何年も通貨安誘導を繰り広げている」と、日本の金融緩和と円安を強く批判した。このようにトランプ氏は、国家間全体で判断するのではなく、案件ごと、「ディール」ごとに態度が変わる傾向があることは、既に経験済みだ。トランプ氏は一国の首脳というよりも、むしろ案件ごとのメリットやデメリット、効率性などを重視して判断するビジネスパーソンの印象が強く、その意味では習主席との電話会談によって同大統領の対中姿勢が変わったと判断するのは、やや早計なのではないか。

そもそも、昨年の大統領選の際、トランプ氏は「中国からの輸入品には一律60%の関税をかけ、その他の国からの輸入品にも10─20%の関税を課す」ことを公約としてきた。20日の大統領就任演説でも、まず冒頭に「我々はもはや利用されることは許さない。トランプ政権では毎日が、『米国第一』」と述べたことを踏まえれば、同氏にとって関税政策のプライオリティーは極めて高いのではないか。

米国のピーターソン国際経済研究所は、この公約が実施された場合のコストは米国内総生産(GDP)の1.8%となり、トランプ政権第1期米中貿易戦争で生じた0.4%を大幅に上回るとの試算結果を発表している。米国経済へのダメージも踏まえれば、一気に対中関税を一律60%まで引き上げることはせず、交渉のツールとしてちらつかせながら、交渉の結果次第で段階的に引き上げる可能性は高いように思われる。特に足下は市場参加者が楽観に傾いているだけに、仮に2月1日にメキシコ、カナダ、中国に対する一連の関税政策がまとめて導入された場合には、米株価が下落するなど市場でリスクオフが広がる可能性があるため、注意したいところだ。

ところで、米政府による関税の引き上げは、ドル/円相場にどのような影響があるのだろうか。筆者は、関税の規模によって影響が異なると考えている。一般的には米国の関税引き上げによる米貿易赤字の減少は、ドル高方向の影響になると言えるだろう。輸入の減少はその分、支払う外貨の需要が減少することになるため、ドル売り外貨買い圧力が後退するからだ。また、関税引き上げによる輸入物価の上昇が米国のインフレにつながるとの見方が広がれば、米長期金利の上昇とドル高を促すことにもなるだろう。この場合、インフレを抑制しようとするならば、政策的にも為替レートをドル高に誘導する必要が出てくる。

実際、スコット・ベッセント米財務長官は1月16日、米議会上院の公聴会で、関税引き上げがインフレにつながるのではとの質問に対し、「10%の一律関税を想定した場合、それは(貿易収支の改善により)為替市場で自国通貨ドルを4%上昇させる」、「通貨高は輸入価格を抑えるため、10%がそのまま(価格に)転嫁されるわけではない」などと発言。通貨高が物価上昇を一部相殺することを認めた。仮に今後、米国の関税引き上げに伴い同国でインフレリスクが高まった場合には、米国は政策的に金利を高めに維持してドル高を促す必要が出てくるかもしれない。しかし、これは「米金利もドルも安いほうが良い」とするトランプ大統領の考えとは相反するため、可能かどうかはまた別の話だ。

一方で、仮にトランプ政権が大規模な関税引き上げを導入した場合には、米国のインフレへの影響はより大きくなるうえ、さらに報復関税の応酬が始まれば、米国経済に対するダメージが意識され、米株価が急落する可能性もある。この場合、為替への影響は一時的かもしれないが、いったんはリスクオフの円高・ドル安となるのではないか。

難しいのは、トランプ大統領が述べる政策自体に、多くの矛盾があることだ。関税引き上げや移民の取り締まりを推し進める一方で、インフレを抑制すると言い、またその一方でドル安・金融緩和が良いと言う。こうしたトランプ政権の振る舞いに、日銀もやや翻弄されているように見える。

日銀は今月24日の金融政策決定会合で、政策金利を0.5%に引き上げることを決定した。展望レポートでインフレの見通しが上方修正されたことや、植田和男総裁が会見で「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」などと述べたことなどを踏まえると、全体としてみればややタカ派的だったといえそうだ。ただ、植田総裁も会見で述べていた通り、トランプ政権の政策は依然不透明であり、今後の追加利上げについてはそれを見守るしかない。

また、12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)が、全体としてはタカ派的だったことで、米国の追加利下げ観測は大きく後退した。したがって、日米共に足元は「タカ派的」な印象が強く、これによりドル円は「ドル高」と「円高」の綱引きとなりやすい。加えて、トランプ政権の政策上の矛盾や、トランプ大統領本人の一貫性のない発言により、今後何が起きるかわからない不透明感などを踏まえれば、今年のドル円相場は去年のように一方向には向かいにくいのではないか。シカゴIMM通貨先物の円ポジションは、足下ネットで14,673枚と、ほぼフラットになっており、投機筋もポジションを一方向には傾けにくい環境であることがわかる。筆者はトランプ政権の政策が見えてくるまで、少なくともこの1-2カ月間は、ドル円は148─158円程度のレンジにとどまるのではないかと予想している。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

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