【解説】火星に生命の痕跡か、これまでで最も有力な証拠、「本当に衝撃的です」と研究者(ナショナル ジオグラフィック日本版)
古代の火星に生命が存在していた可能性を示す、これまでで最も有力な証拠が報告された。火星の古代のネレトバ渓谷にあるブライト・エンジェル岩層をNASAの火星探査車「パーシビアランス」が分析した研究結果だ。論文は2025年9月10日付けの学術誌「ネイチャー」に発表された。 【関連動画】火星の古代の渓谷の復元アニメーション 「火星における古代の生命の発見に、これまで以上に近づけました」と、NASAの科学部門副長官のニコラ・フォックス氏は記者会見で語った。 「本当に衝撃的です」と論文の共著者の1人である米テキサスA&M大学の地質学者マイケル・タイス氏は言う。「ジョエルと私でこれらの岩石の形成に生命が関与した可能性を真剣に考えはじめた日は眠れませんでした」 本当に火星に生命が存在していたことを確認するためにはさらなる研究が必要だが、タイス氏や筆頭著者である米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の地質学者ジョエル・ヒューロウィッツ氏のような科学者とって、今回の結果は約35億年前に水中の泥の中で微生物が栄えていた可能性を示唆している。 ジェゼロ・クレーターの西端にあるブライト・エンジェル岩層の岩石は、火星の表面に水が豊富にあった時代に、湖か川の底に堆積したものと考えられている。「チェヤバ滝」という愛称で呼ばれる岩石に含まれる化学的な手がかりは、この場所である種の化学反応が起きていたことを示唆している。地球上では通常、微生物の関与によって起こる反応だ。 「生物学的起源の決定的な証拠ではないにしても、それと矛盾しない化学的なプロセスが火星で観察されたのはこれが初めてです」と、ドイツ、マックス・プランク太陽系研究所の物理学者クリスティアン・シュレーダー氏は言う。なお、氏は今回の研究には関与していない。
パーシビアランスはブライト・エンジェル岩層の至る所で、緑色の粒を含む赤みがかった泥岩を見つけた。科学者たちが「ケシ粒」あるいは「団塊」と呼ぶこの緑色の粒には、リン酸鉄を含む「ビビアナイト(藍鉄鉱)」という鉱物が多く含まれている。 一方、チェヤバ滝には、科学者たちが「ヒョウ柄」と呼ぶ小さなリング状の模様もある。探査車は、大人の小指ほどの細長い岩石コアサンプルを掘削し、複数の分析装置を使ってさらに詳しい情報を得た。 「サファイア・キャニオン」と名付けられたこの岩石サンプルのデータから、ヒョウ柄の外縁部も暗色のリン酸鉄鉱物でできていて、内側の明るい色の部分は「グレイガイト(グリグ鉱)」という硫化鉄鉱物からできていることが明らかになった。 これらの鉱物は、生命探査にとって最も興味深い現象が、分子よりもさらに小さなスケールで起きたことを示唆している。酸化還元反応によって、泥の中の有機物が鉄に電子を渡して、ビビアナイトやグレイガイトなどの鉱物を残したのだ。 地球では、微生物が有機物を消費し、酸化還元反応で放出されるエネルギーを得ているが、その副産物として鉱物が形成される。人間が食物からエネルギーを得て排泄するようなものだ。 「地球上で微生物によるこのような反応が見られる場所は、常温の堆積環境です」と、ヒューロウィッツ氏は言う。 タイス氏は、チェヤバ滝の分析結果が古代の火星に生命が存在していた証明になるならば、遠い過去のほぼ同じ時期に、2つの別々の惑星に、同じ手段でエネルギーを得る微生物がいたことになると強調する。もしかすると、初期の生命は、どこで誕生したかに関係なく、この方法で生き残ることを学ぶのかもしれない。「生命の進化過程について、実に深いことを教えてくれる発見だと思います」