「ここで死にたい」――人身売買に遭いアジアで詐欺行為を強要される女性たちの叫び CNN取材
5000人が働かされていたとされる詐欺拠点内部の様子
マニラ(CNN) 東南アジアなどの詐欺拠点で、多くの女性たちがオンライン詐欺に加担させられ、残された家族も苦境にあえいでいる。その実態をCNNが取材した。記事に登場するすべての女性は、プライバシー保護のため仮名とする。
フィリピンのある都市から北へ約1時間の郊外。家族経営の小さなコンビニエンスストアの前に、バットマンのシャツを着た男児が立っていた。
男児は取材班の先に立って売り場を通り抜け、その奥にある質素な居住スペースへ案内してくれた。自分の名前を告げて3歳だと言い、母親が恋しいと口にした。
母親のリリーさんは4月、顧客サービスの仕事に就くため台湾へ向かった。それ以来、男児と弟の面倒はおばのローズさんと祖父母がみている。
だがリリーさんは人身売買の被害者となり、アジアにはびこる詐欺ビジネスのまっただ中へ送り込まれた。本人の話によると、ミャンマーで監禁され、虐待を受けているという。ローズさんは家族にこれ以上心配をかけないよう、詳細を伝えないことにしている。
ローズさんがCNNに語ったところによれば、リリーさんはローズさんにあてた数少ないメッセージの中で、「ここで死にたい」と訴えてくる。ローズさんはそのたびに、子どもが待っているから死なないでと答える。
専門家らによれば、拡大を続ける詐欺ビジネスの人手として、女性が人身売買の標的となるケースが増えている。詐欺拠点は自給自足の町さながらに運営され、内部の男性たちを相手に性労働を強制される女性たちもいる。
フィリピンにある元詐欺拠点の様子/CNN
安定した職が少ないフィリピンでは、これまでも多くの女性がより高い収入を求めて外国で働き、家族に仕送りをして教育費や住宅費、親世代への支援をまかなってきた。
だがリリーさんのケースのように、そこへつけ込む犯罪網のせいで、家族は母親や姉妹、娘を奪われ、稼ぎ手を失っている。
CNNは数カ月に及ぶ取材を通し、何人かの女性から詐欺拠点の過酷な実態を聞いた。
詐欺拠点で働く女性はアジア人だけでなく、アフリカや欧州の出身者もいる。そこで強要されるのはロマンス詐欺や投資詐欺など、米国やオーストラリアなどの一般市民をだます仕事だ。台本を暗記し、顔や声を加工するAI(人工知能)フィルターを使って獲物を誘い込む。命令に従わなければ、罰として暴力や性的虐待を受けるという。
東南アジア各地で稼働する詐欺拠点の多くは、中国の犯罪組織が運営している。ローズさんは、リリーさんのような女性たちが「豊かな生活と収入を約束されて行ってみると、正反対の状況に陥る」と指摘し、「まるで地獄のようだ」と語った。
内部の生活
幹部の豪邸を併設するフィリピンの広大な詐欺拠点/CNN
4人の子どもを育てるシングルマザーのケイシーさんも、その地獄をよく知っている。かつてドバイで店員の仕事をしていたこともあり、出稼ぎには慣れていた。フェイスブックに別のフィリピン人女性が投稿した香港での顧客サービスの求人を見た時も、躊躇(ちゅうちょ)なく旅立った。
ところが香港の仕事はうそで、ケイシーさんはカンボジアへ売り渡され、恐喝に加担させられた。
CNNとのインタビューで、ケイシーさんは深呼吸をしてから、台本を暗唱してみせた。「こんにちは、(米通信大手)ベライゾンのケイシーです。ジョンさんですか」と言ってから一拍置いて、パンチを繰り出す。「あなたのSIMカードは詐欺メッセージや資金洗浄、違法な銃の購入に使われています。2時間後に通報します」
ケイシーさんの企業のほかにも、ロマンス、投資、融資詐欺から薬物、野生生物の密輸まで、数十社が同じ建物で稼働していたという。
ケイシーさんはある日、自分に声をかけた女性がフェイスブックで、フィリピン人労働者を1人6万ペソ(約16万円)で売り渡すと宣伝しているのを見て、我慢の限界に達した。
その女性に面と向かって「どうしてこんなことをするのか。同じフィリピン人なのに、私たちをだますなんて」と抗議し、相手が血を流すまで殴りつけた。
その後、長時間立たされたり食事を抜かれたりという体罰が何カ月も続き、殺されるのではないかと恐怖を感じた。
ケイシーさんは4月、在カンボジア・フィリピン大使館の手助けで救出された。多くの被害者を抱える国々の大使館は、これまで率先して解放交渉を進めたり、現地の当局に詐欺拠点の取り締まりを求めたりしてきた。
だが外交にも限界がある。カンボジアのほか、武装勢力が詐欺拠点のある地域をめぐって争うミャンマーでは特にそうだ。被害者が自力で脱走するしかないというケースもある。