マクロスコープ:米中接近で揺れる高市外交、「こんな難しい問題は初めて」と関係者
[東京 26日 ロイター] - 高市早苗首相が外交面で難しい舵取りを迫られている。存立危機事態発言に端を発した日中関係の悪化に加え、米中首脳の急接近で事態はより複雑化しているからだ。高市氏が判断を誤れば経済へのさらなる悪影響は避けられそうにない。政府与党内に加え、専門家の間にも警戒感が広がっている。
<「緊密連携」アピールも内容語らず>
「戦略的互恵関係を包括的に構築し、安定的で建設的な関係を構築していく。お互いに懸念や課題があった場合は首脳同士のコミュニケーションを通じて解決していく方針を堅持している」。高市氏は26日の党首討論で、立憲民主党の野田佳彦代表から日中関係の現状認識を問われこう述べた。「対話を通じてより包括的な良い関係をつくっていく。そして国益を最大化していくのが私の責任だ」とも語った。
とはいえ、関係改善の見通しがあるわけではない。高市氏は25日、トランプ米大統領との首脳電話会談後に記者団から日中関係に関するやり取りがあったのか問われ、「最近の米中関係の状況について(トランプ氏から)説明があった」と述べるにとどめた。「日米間の緊密な連携を確認できた」ともアピールしたが、日中関係の現状についてトランプ氏から支持表明があったと明確に発表できなかったことに、政府与党内からも懸念の声が上がる。
<「こんなに難しい外交問題は初めてだ」>
日本外交に精通する政府関係者は電話会談について「悪い内容だったに決まっている。トランプ氏から(中国に対して)『余計なことをするな』と言われたのだろう」とみる。高市氏が記者団に詳細を明かさなかったことが理由だ。自民党の政務三役経験者も「トランプ氏から何らかのポジティブなメッセージを受け取っているはずがない」と語った。
実際、トランプ氏も米国時間の25日、電話会談について記者団に問われ「素晴らしい会談」などと述べたが、台湾問題について日本の立場を支持する発言は控えた。高市氏との電話会談に先立ち行われた中国の習近平国家主席との会談後、自身の交流サイト(SNS)「トゥルース・ソーシャル」に農作物の輸出など具体的な内容に触れ、「我々と中国との関係は極めて強固だ!」と投稿したこととは対照的でもある。
日米関係筋は、米国が置かれた難しい立場を推し量る。トランプ氏は来年4月、習氏の招きで北京を訪問する予定だ。その後は習氏を国賓待遇で米国に招くとも表明しており、「当面は対中関係をうまくマネージしたいというのがトランプ氏の考え方だ」と関係者は話す。中国からのレアアース(希土類)輸入の維持や、来年の米中間選挙に向けて米国産農作物の対中輸出を拡大したい思惑もあるという。
こうした事情を背景に米中首脳の接近が続けば、トランプ氏が日本の立場を一方的に支持することは考えにくく、米国の仲介による日中関係の改善は見通しが立たないことにもなりかねない。前出の政府関係者は「落としどころが見えない。こんなに難しい外交問題は初めてだ」と吐露した。
<「高市氏の手腕問われる」>
日米中の一連の動きを専門家はどう見ているのか。
上智大学教授の前嶋和弘氏(米国政治)は「トランプ氏にとって重要なのは米中関係であり、日本は米中関係をマネージするためのカードとしてきた」と指摘。「トランプ氏は日本が中国との関係をうまくマネージするだろうとみていたはずだ」とし、高市氏の存立危機事態発言がトランプ氏にとっても想定外だった可能性があると述べた。
さらに、「日中対立が続けばトランプ氏が得をすると見ることもできる。トランプ氏は日本に対しては『俺が中国と話をする』と言い、習氏に対しては『日本に暴走しないよう言っておいたぜ』と言うことができる。双方に恩を売るということだ」とも説明。それが日中関係悪化を長期化させる要因になり得るとの見方を示した。
加えて、高市氏の舵取りの難しさも指摘。「中国による『対日制裁』はまだまだ続くだろう。日本があまり強い態度に出ると、中国もまた強く出てくる」とした上で、「戦略的互恵関係に基づき中国の立場を尊重する姿勢を強調しつつ、中国の怒りが収まるのを待つことになるかもしれない。本音を言わずにどう他国と関係を構築するかという外交の基本的な手腕が高市氏に問われている」と話した。
愛知学院大教授の森正氏(政治学)は「高市氏が中国に対して歴代首相よりも踏み込んだ発言をしたことは国内保守層に支持されダメージとなっていない可能性がある。また、政権の物価高対策への期待も大きい」と指摘。「内閣支持率が高いため高市氏としても自らの発言の撤回・修正は難しく、日中関係の悪化を修復するにはしばらく時間がかかるのではないか」と話す。
経済面への影響については「中国側は現時点で自制的に対応している。対日で切れるカードはたくさん持っているものの、段階的に切ってくるだろう」と見た上で、「日本経済への影響は現時点では大きくはないが、レアアースの対日輸出などに規制が広がればより甚大な影響を及ぼす可能性がある」と警鐘を鳴らした。
(鬼原民幸、竹本能文 編集:橋本浩)
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2025年6月からロイターで記者をしています。それまでは朝日新聞で20年間、主に政治取材をしてきました。現在、マクロ経済の観点から日々の事象を読み解く「マクロスコープ」の取材チームに参加中。深い視点で読者のみなさまに有益な情報をお届けしながら、もちろんスクープも積極的に報じていきます。お互いをリスペクトするロイターの雰囲気が好き。趣味は子どもたち(男女の双子)と遊ぶことです。