脳電極で「慢性的な痛み」を救う方法が開発された

治らない痛みは「脳の誤作動」だった / Credit:Canva

けがをしたときや病気になったとき、私たちは「痛み」というサインを通じて体の異常を感じ取ります。

本来、痛みは体を守るための大切な警告アラームです。

たとえば転んだときの鋭い痛みは、「ここが危険だよ」と教えてくれる信号ですし、病気のときの体の痛みも「無理をせず休んで」という体からのSOSです。

多くの場合、こうした痛みはけがや病気が治るとともに消えていきます。

ところが、実際には体が回復しても「痛み」だけが残ってしまい、何か月も、時には何年も苦しみが続く人が少なくありません。

これが「慢性痛」と呼ばれる現象です。

(※CDC(米国)は最新の全米調査(NHIS, 2023年)で、成人の24.3%=約4人に1人が慢性痛(過去3か月に「ほとんど毎日」または「毎日」痛み)と報告しています。)

慢性痛の怖さは、「単に痛い」というだけではありません。

例えば腰や肩が何年もズキズキ痛む、しびれや焼けつくような感覚が消えない――そうした痛みが続くと、人はだんだんと仕事や学校、趣味や友人関係にも前向きになれなくなってしまいます。

眠れなくなったり、気分が沈んだりと、体だけでなく心の健康までむしばむこともあります。

なぜ、こうした慢性痛が起こるのでしょうか。

実は、慢性痛の正体は「体の異常」だけでは説明できないことが、ここ数十年の研究で明らかになってきました。

一見すると体の傷はもう治っているのに、「」がまるで幽霊のように痛み信号を出し続けてしまうのです。

このとき脳の中では、痛みを感じる神経回路(ネットワーク)が必要以上に敏感になり、わずかな刺激でも痛みを増幅したり、「本来は痛みでない信号」を痛みと誤認してしまったりします。

たとえば、火事が起きて消化作業も終わったはずなのに、火災報知器だけがずっと鳴り続けている――慢性痛はそんなイメージに近いと言えるでしょう。

また、強い痛みの経験や長期化した痛みは、脳内の「痛みの記憶」や「感情」とも深く結びつき、痛みの悪循環(痛みによるストレス→さらに痛みが強まる→またストレス…)を引き起こします。

こうした背景から、最近の医学や脳科学では「痛み=体の問題」だけでなく、「痛み=脳の問題(脳のネットワーク異常)」という新しい捉え方が主流になりつつあります。

従来の痛み止めやリハビリだけでは治りきらなかった慢性痛の患者さんたちが、脳そのものを治療対象とする新しい医療に希望を抱くようになったのも、この流れを反映しています。

その最前線にあるのが「脳深部刺激療法(DBS)」です。

DBSは、脳の深い部分に細い電極を入れてごく弱い電気を流すことで、脳の異常な活動をやさしくリセットする治療法です。

もともとパーキンソン病やジストニア、うつ病などの難治性神経疾患で成果を上げてきましたが、最近では慢性痛の分野でも急速に注目度が高まっています。

従来のDBS治療では、多くの患者さんに対して「同じ場所」を「同じように」刺激し続けるのが主流でした。

しかし、最新の研究では「痛みを感じたり抑えたりする脳の回路は一人ひとり違う」「人によって効く場所もタイミングも全く異なる」ということが分かってきています。

これは「脳の個性」と言ってもよい現象です。

さらに、痛みを制御する脳内ネットワークも単純な一カ所ではなく、複数の部位が複雑に連携しています。

そのため、すべての人に同じ治療法が効くとは限りません。

最近では、個々の患者さんの脳活動をリアルタイムで測定し、脳が「痛みサイン」を出した瞬間だけピンポイントで刺激を与える「閉ループ型(自動制御型)」という新しい発想が登場しています。

この「オーダーメイド型の脳刺激」は、患者さんごとに異なる痛みの原因や脳の状態に合わせて、治療を最適化するという意味で「精密医療」の流れにも合致しています。

今回の研究チームは、「患者さん一人ひとりに合わせて脳の最適な刺激ポイントを探し、その人の脳が痛みを感じているときにだけ刺激を与える」ことで、これまで改善しなかった慢性痛にも効果があるかどうかを世界で初めて本格的に検証しました。

このように、痛み治療の世界は今まさに「体」から「脳」、そして「個性」へとパラダイムシフトが起きているのです。

この研究は、そうした最先端の挑戦のひとつだったと言えるでしょう。

関連記事: