次期FRB議長選考レース、ハセット氏が現時点でポールポジション
経済の領域でトランプ米大統領に最も長く仕えている側近の1人、ハセット国家経済会議(NEC)委員長が、来年5月に任期満了となるパウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長の有力後任候補の1人に浮上している。事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。
他の有力候補にはウォーシュ元FRB理事がいるほか、他の候補がトランプ氏の眼鏡に十分かなわなければ、次期議長選びをアドバイスするベッセント財務長官自身が起用される可能性もある。ウォラーFRB理事もダークホース的存在だ。
トランプ氏は、パウエル議長が金利をあまりにも高く維持しているとして繰り返し非難し、利下げを望む人物を次期議長に指名すると発言。次期議長選びの重要性が一段と増している。
こうした発言を受けて、 インフレ抑制やドルの価値維持に重要な連邦準備制度の政治的圧力からの独立性を巡り、それが損なわれる危機が深まっていると投資家は懸念を抱いている。
ハセット氏は、トランプ氏のFRB批判に同調している。今月のFOXビジネスでのインタビューでは、連邦準備制度が独立機関であることを認めつつも、昨年の大統領選前に利下げし、その後は関税によるインフレ再燃リスクを理由に金利を据え置いている点を挙げ、大統領の批判は当然だとの見解を示した。
「それは連邦準備制度が不偏不党でも独立でもないという疑念を生じさせる」と、ハセット氏は述べた。
「トランプ氏に奉仕」
以前は穏健な右派系エコノミストと見なされていたハセット氏だが、過去約10年にわたりトランプ氏のそばにいた。NEC委員長としてのハセット氏のアプローチは、関税に対するトランプ氏の衝動を抑えようとした政権1期目当時のコーン委員長とは大きく異なる。
ハセット氏は「MAGA(米国を再び偉大に)」路線を鮮明にし、貿易や税制、インフレ、連邦準備制度に関するトランプ氏の本能的な主張を、数多くのテレビ出演などを通じて積極的に後押ししている。
ブッシュ(子)政権時代の財務省当局者で、現在はビーコン・ポリシー・アドバイザーズのマネジングパートナー、スティーブン・マイロウ氏は「トランプ政権で長く生き残っている者は推し進めたいイデオロギーがあるわけではない」とし、「彼らは特定の金融理論に奉仕するためではなく、トランプ氏に奉仕するためにいるのだ」と解説した。
今後注目されるのは、こうしたトランプ氏への奉仕の姿勢が、政権の優先課題から隔離されるべきだとされるFRB議長という職務にどのように適用されるかという点だ。
これは何兆ドルもの意味を持つ重大な問題だ。経済学者は、中央銀行が独立している方がインフレ抑制に効果的だと指摘しており、ホワイトハウスに迎合すると見なされる人物がFRB議長に就任すれば、米国債市場に混乱を招く可能性がある。
トランプ氏がパウエル議長の解任をちらつかせてきたことも、貿易戦争ですでに揺らいでいる金融市場にさらに不安をもたらしている。
一方でトランプ氏は、米金融当局が政策金利を過度の高水準に据え置いていることが、米国の債務返済コストを年間数千億ドル規模で押し上げていると主張し、正反対の立場を取っている。
最適の人材
ベッセント氏は15日、ブルームバーグテレビジョンのインタビューで、パウエル議長の後任選びのプロセスは正式に始まっていると明らかにした。選考には同氏のほか、ワイルズ大統領首席補佐官ら、ごく限られた側近だけが関与しているという。
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ワイルズ氏は、トランプ氏による重要人事に助言してきた人物であり、来年11月の中間選挙までに米経済を好調に保つことを狙う政権の政治戦略にも精通している。
トランプ氏側近の話では、大統領自身が後任人事に深く関与している。同氏はひとたびアイデアを抱くとすぐに行動に移すタイプなので、面接プロセスは迅速に進むだろうと側近の1人は予測した。
ハセット氏は政権内外の関係者に対し、FRB議長ポストを強く望んでいると伝えているが、テレビ番組などでその話題を振られると、控えめな態度を装っている。
ハセット氏にコメントを要請したが、返答は得られていない。
一方、トランプ氏は15日、ベッセント氏が次期FRB議長候補の1人かどうか記者団の質問に答え、「彼は選択肢の一つだ」と述べた上で、同氏の「仕事ぶり」を高く評価していると発言した。
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ホワイトハウスのデサイ報道官は、「バイデン前政権下のインフレ危機が完全に過去のものとなり、トランプ大統領は連邦準備制度の金融政策が政権の成長重視の方針と歩調を合わせる必要があると明言している」と指摘。「大統領は引き続き米国民に最も貢献できる最適の人材を指名する」と話した。
ハセット氏はNEC委員長として、ホワイトハウスのウェストウイングにオフィスを構え、大統領に日常的に近い位置にいるという利点がある。一方、対抗馬のウォーシュ氏はカリフォルニア州のフーバー研究所とニューヨーク市を行き来する生活を送っている。
ウォーシュ氏は元FRB理事であり、2017年にもFRB議長候補としてトランプ氏の面接を受けたが、トランプ氏は当時、ウォーシュ氏の金融政策観がタカ派的過ぎると感じた上、議長ポストには若過ぎる印象があると考え代わりにパウエル氏を選んだ経緯がある。
ハセット氏は、トランプ政権1期目で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めた経歴を持つ。それ以前には、FRBのエコノミストや保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)の調査ディレクターを務めた。
税制分野の専門家として知られ、同分野に関する著作も多いが、最も問題視された著作は「Dow 36000」だ。この本では米株式市場の急騰を予測していたが、出版直後にドットコム・バブルが崩壊した。ダウ工業株30種平均がタイトル通りの水準に到達したのは、それから20年余り後のことだ。
大きな混乱
トランプ氏が政権1期目の後、2期目までの間にフロリダ州で過ごしていた時期、ハセット氏はトランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏の投資ファンド「アフィニティ・パートナーズ」に関わっていたが、その期間中も頻繁にトランプ氏と会い、経済政策について意見を交わしていた。
ハセット氏の長年の友人によれば、同氏とトランプ氏は世界観や、軽んじられたと感じたことに対して不満を蓄積する傾向が共通しているという。
トランプ氏は、パウエル氏をFRB議長に指名して以降、ほぼ一貫して不満を抱いてきたが、政権2期目に入ってからは不満が露骨な怒りへと変わっており、パウエル氏に「トゥー・レイト(遅過ぎる)」というあだ名をつけるなど、辛辣(しんらつ)な批判を繰り返している。
米金融当局は昨年後半に計1ポイントの利下げを行った後、今年に入ってからは金利を据え置いている。金融当局者は、景気が堅調で労働市場も健全で、追加利下げを急ぐ必要はないとし、多くの経済学者が予測するように、関税がインフレを押し上げるかどうかを見極める時間が必要だと説明している。
米関税措置の影響で消費者物価指数(CPI)が大幅に上昇している兆候は今のところ見られないが、15日に発表された6月のCPI統計では、企業が貿易関連コストを価格に転嫁し始めている兆しが顕在化している。
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このため、金融当局が今月29、30両日の連邦公開市場委員会(FOMC)会合でも政策金利を据え置くとの見方が強まっている。市場では年内2回程度の利下げがあるとの予想が依然として根強い。
トランプ氏の「トゥー・レイト」というやゆをなぞるように、ハセット氏はFOXのインタビューで、連邦準備制度が他国・地域の中央銀行と比べて「対応が後手に回っている」と非難した。またハセット氏は、トランプ政権の他の高官や共和党議員らとともに、首都ワシントンのFRB本部の改修費用が膨らんでいる点に懸念を示し、これはトランプ氏がパウエル議長を攻撃する新たな材料となっている。
政権の目標の一つは、パウエル氏が来年5月にFRB議長の任期を終えた際、28年1月までの理事としての任期を全うするのではなく、完全に退任するよう圧力をかけることだ。トランプ氏の後任指名がハセット氏であろうと別の候補者であっても、明確なスタートラインを与えるべきだというのが政権側の論理だ。
ベッセント氏は15日のインタビューで、「伝統的にFRB議長は理事職も同時に退任するものだ。次期議長の指名を前に、『影の議長』が生まれるという臆測が多くささやかれている。退任した議長がFRBにとどまるのは、市場に大きな混乱を引き起こすと自分は考えている」とくぎを刺した。
原題:Hassett Grabs Pole Position in Race to Be Trump’s New Fed Chair(抜粋)