“飲む”だけで減量手術と同じ効果? GLP-1薬に代わる肥満治療薬、米国で開発中

減量目的で使われるオゼンピックなどのGLP-1受容体作動薬が爆発的な人気を集めるなか、より効果的な肥満治療薬を開発しようと多くの企業がしのぎを削っている

そのうちの1社が、ボストンに拠点を置くSyntis Bioだ。同社は、実際に手術を受けることなく胃バイパス手術と同様の効果を得られる、毎日服用するタイプの経口薬を開発している(編註:胃バイパス手術とは、欧米で普及している減量手術。胃を小さくし、小腸の一部を迂回させる)。

同社は4月上旬、動物実験および少人数のボランティアを対象とした初期研究の結果を公表し、この手法が安全であり、食欲を抑える効果がある可能性を示した。この研究成果は、4月10日に開催されたEuropean Congress on Obesity and Weight Management(欧州肥満・体重管理会議)で発表された。

「肥満治療の開発はいま、より効果的な方法を探ることが重要な段階に来ています」と、Syntis Bioの最高経営責任者(CEO)で共同創業者のラフル・ダンダは語る。

2024年4月から5月にかけて実施された調査によると、オゼンピック、ウゴービ、ゼプバウンド、マンジャロといったGLP-1受容体作動薬を試した米国人は約12%にのぼり、この1年でその割合はさらに増えていると推定されている。

しかし、多くの人が最終的にこれらの薬の使用を中止している。理由のひとつは、費用と保険の適用範囲にある。また、GLP-1受容体作動薬は吐き気や嘔吐などの不快な副作用を引き起こすことがある点も大きい。加えて、週1回の注射よりも、経口薬での治療を望む患者も少なくない。

そこでSyntis Bioは、減量を目指す人に別の治療法を提供しようとしている。同社が開発中の薬は、小腸の前半部での栄養の吸収を抑え、後半部で吸収されるように設計されている。その効果は胃バイパス手術に似ている。胃バイパス手術では胃を小さくし、食物が通る小腸の経路を短くすることで、栄養が吸収される小腸の前半部分の多くを迂回させる。この処置によって栄養の吸収に変化が起き、少ない食事量でも満腹感を得やすくなるのだ。

胃バイパス手術は肥満患者を対象とした減量手術の一種であり、2022年には約28万人が受けたと推定されている。しかし、肥満治療薬の登場により、手術を選ぶ人は減少している。『JAMA Open Network』に昨年掲載された研究によると、2022年から2023年にかけてGLP-1受容体作動薬の処方が急増する一方で、減量手術の件数は25.6%減少した。

小腸での栄養吸収を遅らせる

Syntis Bioが開発中の薬は、胃バイパス手術のように小腸を短縮するわけではない。代わりに、小腸の上部に一時的なコーティングを形成し、その部分での栄養吸収を妨げる。これにより、GLP-1を含む満腹感を引き起こすホルモンが分泌される小腸の下部へと栄養の吸収が繰り越されるのだ。

この作用には、主に2つの成分が関係している。1つは、脳の活動に関与することで知られる小分子のドーパミン、もう1つはごく少量の過酸化水素である。この2つが小腸に到達すると、体内にもともと存在する酵素である「カタラーゼ」と反応する。カタラーゼの役割は、大量にあると有害な過酸化水素を水と酸素に分解することだ。

その過程で、ドーパミンは生体適合性のある高分子化合物「ポリドーパミン(DA)」へと変化する。そしてこのポリドーパミンの薄い膜が数分で小腸の内壁を覆うことになる。小腸の細胞は短期間で入れ替わるので、コーティングはあくまで一時的なものだ。この膜は約24時間で自然に消えるよう設計されている。

一時的なコーティングの仕組み

Syntis Bioの薬は、消化器内科医であり機械工学者でもあるジョヴァンニ・トラヴェルソと、これまでに20社以上のバイオテック企業を立ち上げてきた化学工学者ロバート・ランガーがマサチューセッツ工科大学(MIT)で実施した研究に基づいている。

2人は、子どもに投与できる液体薬の開発に取り組んでいた際に、このメカニズムを発見した。そして一時的に形成されるコーティングの透過性を調整することで、吸収を促進したり遅らせたりできることに気づいたのである。そして、この「吸収を遅らせる」特性が肥満治療の観点から注目された。

「この物質はカプセルや液体として摂取しますが、翌日には体内から消えます。これは、消化管の粘膜の細胞が自然に入れ替わるためです」とトラヴェルソは説明する。トラヴェルソはランガー、ダンダとともに2022年にSyntis Bioを共同創業した。このコーティングは貝類が岩や海底に付着する際に使う物質に似ていると、トラヴェルソは話す。

筋肉量を維持した減量に貢献

Syntis Bioが発表した試験結果では、薬が小腸で想定どおりに薄い膜を形成するかどうかを確認するため、液状の薬剤をチューブで小腸に直接投与した。錠剤タイプはすでにブタやイヌで試験済みであり、ヒトを対象とした今後の臨床試験では錠剤タイプが使用される予定である。

ラットを対象とした実験では6週間の試験期間中、毎週1%の安定した体重減少が確認され、筋肉を含む除脂肪体重は100%維持された。

9人の参加者を対象とした初の予備的な研究では、副作用は見られず、安全性が確認された。腸から採取した組織サンプルにより薄い膜が形成され、24時間以内に体内から消失することも確認されている。この試験は体重減少を評価するものではなかったが、血液検査の結果、薬の投与後には血糖値と「空腹ホルモン」であるグレリンの値が低下し、食欲を調整するホルモンであるレプチンの値が上昇することがわかった。

「栄養が腸の後半で吸収されるようになると、満腹感を得やすくなり、エネルギーの消費も促され、結果として健康的で持続可能な減量につながります」と、ダンダは語る。

Syntis Bioによる動物実験の結果は、筋肉量を維持しながら体重を減らせる可能性を示している。これは、現在のGLP-1受容体作動薬に対する懸念のひとつを解消するものだ。一般的に減量は多くの健康効果をもたらすが、GLP-1受容体作動薬による急激な体重減少では、筋肉を含む除脂肪体重が減ってしまう可能性があるという根拠増えてきている

肥満治療の新たな選択肢

ワイル・コーネル医科大学の代謝研究の教授で肥満治療の専門医でもあるルイス・アローネは、GLP-1受容体作動薬は非常に人気があるものの、すべての人に適しているとは限らないと話す。だが、近い将来、肥満治療薬の選択肢が増え、より個別化された治療ができるようになると、アローネは予測している。「Syntis Bioの薬は、初期の治療に最適な薬だと考えています。疾患に対して最初に用いられる“第一選択薬”として使えます」と語る。なお、アローネはSyntis Bioの臨床アドバイザーを務めている。

ワシントン大学セントルイス校の内科教授で、内視鏡による減量治療部門の責任者を務めるウラジミール・クシュニールは、この予備的研究の結果は有望だとしながらも、規模が小さいことから結論を出すことは難しいと指摘する。クシュニールはSyntis Bioの研究には関与していない。また、患者はこの薬によって満腹感を得られると予想する一方で、胃バイパス手術と同様の副作用が生じる可能性もあるとクシュニールは考えている。

「今後、より大規模な試験を実施した際、腹部の膨満感や腹痛に加え、下痢や吐き気といった消化器系の副作用が見られる可能性があるでしょう」と語る。

この新たな手法の研究は初期段階にあるが、有効性が確認されれば、将来的にGLP-1受容体作動薬の代替あるいは、補助的な治療薬となるかもしれない。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

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