オウム麻原元死刑囚の死から7年 三女が背負う十字架を描いた映画「それでも私は」が公開
オウム真理教による一連の事件の殺人罪などで死刑となった元教祖、麻原彰晃元死刑囚=本名・松本智津夫=の刑執行から、6日で7年となる。元死刑囚の三女、松本麗華(りか)さん(42)の近況を追った映画「それでも私は Though I’m His Daughter」が東京都内で上映されている。全国で順次公開される予定だ。社会から拒絶され続ける絶望的な苦悶と向き合い、懸命に生きる姿を描いたドキュメンタリーは、日本社会の在りようを見る者に問いかけている。
「憎めたらよかったのかも」
「単純にね『迷惑かけやがって』って憎めたらよかったのかもしれないけど。そうもいかない、優しい父との思い出があったりとか…うん」
元死刑囚の故郷を姉と一緒に訪れ、親族と顔を合わせた麗華さんがこうつぶやき、涙を流すシーンがある。地方に住む親族は2人の予期せぬ来訪に驚き、当初は接触を拒んだものの、姉妹を自宅に招き入れる。事件後、周囲から冷たい視線が注がれ、身を潜めるような暮らしを強いられてきたのだろう。やり場のない親族の感情に麗華さんは心を震わせる。重なり合う思いが自らにもあったに違いない。
映画「それでも私は」の一場面 (c)Yo-Pro銀行口座も開けず
今年3月20日、14人が死亡し6000人以上が重軽症を負った平成7年の地下鉄サリン事件から30年の時がたった。同事件や元年の坂本堤弁護士一家殺害事件、6年の松本サリン事件などを首謀したとされる元死刑囚。刑は30年に執行された。事件を直接知らない世代が増え続ける一方、麗華さんは「元死刑囚の娘」という十字架を背負い続けてきた。
父から「アーチャリー」というホーリーネーム(教団内の宗教名)と教団ナンバー2の地位を与えられた麗華さんは、元死刑囚の逮捕時には12歳だった。事件から4年後に教団を離れたものの、「異分子」として社会から存在を否定され続ける。通信制の高校は不合格となり、別の高校の通信制過程で学んだ。合格したいくつかの大学からは入学を拒否された。違法との判決を裁判で得て、キャンパスに通う日々を送ることができた。
映画「それでも私は」の一場面。幼少期の松本麗華さん(左)と松本智津夫元死刑囚 (c)Yo-Pro大学卒業後の就職も困難を極める。ようやく正社員として採用されながらも、元死刑囚の娘と分かった時点で解雇されてしまった。銀行口座の開設を「総合的な判断で契約できない」と明確な理由を告げられずに拒否され、麗華さんが「松本智津夫の娘ということ以外考えられないのですが」と銀行員に問いただすシーンは印象的だ。麗華さんは結局、大学で心理学を学んだ経験を生かし、心理カウンセラーとして活動する。
映画の後半では、健康美を競うコンテストに挑み続ける姿を追う。何度かの挑戦の末、入賞して手にしたメダルに頬を寄せ、笑顔を見せる麗華さん。社会から排除されてきた自らの存在が、メダルという形で認められたことに、えも言われぬ感情が押し寄せたのだろう。
27年に「止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記」(講談社)を出版。その後、本作の土台となる取材・撮影にも応じた。どんなに苦しくても社会と向き合い、自らをさらけ出す道を選んだのだ。麗華さんはこう語る。「私の個人的な頑張りが誰かを勇気づけることになったらとてもうれしい。それで私は勇気をもらっている」
映画「それでも私は」の一場面 (c)Yo-Pro誰でも生き直せる社会に
映画「それでも私は」の長塚洋監督本作の長塚洋監督は30年から6年にわたって麗華さんを取材し続けた。「彼女は、これからどう生きていけるのか。社会はどう受け入れていくのか、いかないのか」と問いかけた上で、麗華さんは2つの大きな痛みと向き合い続けざるを得ないと指摘する。「一つは社会からの排除や差別。もう一つは父を愛することを止められないまま、父の刑死を受け入れねばならない苦しみだ」
事件や事故の加害者と被害者には、多くの場合、家族や親族が存在する。だが、被害者の家族はともかく、加害者側の苦しみに人々が寄り添うことは少ない。「誰でも生き直せる社会への思いを巡らせてほしい」。長塚監督はそんな思いを本作に込めたという。
映画「それでも私は Though I’m His Daughter」の公開日程
(7月4日現在、公式HPより)
【上映中】K’s cinema(東京)
【7月】5日=横浜シネマリン(神奈川)▽11日=あつぎのえいがかんkiki(同)小山シネマロブレ(栃木)▽12日=シネマ5(大分)▽18日=アップリンク京都(京都)▽19日=シアターセブン(大阪)元町映画館(兵庫)桜坂劇場(沖縄)▽25日=KBCシネマ(福岡)別府ブルーバード劇場(大分)DENKIKAN(熊本)▽26日=ナゴヤキネマ・ノイ(愛知)▽28日=ガーデンズシネマ(鹿児島)
【8月】1日=小田原シネマ館(神奈川)宇都宮ヒカリ座(栃木)上田映劇(長野)▽8日=フォーラム仙台(宮城)フォーラム山形(山形)フォーラム福島(福島)▽16日=川越スカラ座(埼玉)▽22日=ソレイユ(香川)▽23日=シネマテークたかさき(群馬)あまや座(茨城)
【順次公開】シアターキノ(北海道)シネマ・トーラス(同)シネマルナティック(愛媛)横川シネマ(広島)宮崎キネマ館(宮崎)
映画「それでも私は」のリーフレット (c)Yo-Pro