【コラム】戦略なきトランプ氏、相場急落には無関心-オブライエン
昨年11月、トランプ氏が米大統領選に勝利すると株式市場は急伸した。S&P500株価指数は史上最高値を更新し、選挙翌日では過去最大の上昇を記録した。
後に財務長官に就任する投資家スコット・ベッセント氏を含め、市場の専門家たちは幸せな日々が再び訪れると予測した。ベッセント氏は当時、「市場がトランプ2.0の経済ビジョンを明確に受け入れていることの証だ。市場は、より高い成長、より低い変動性とインフレ、そして米国全体の経済活性化への期待を示している」と歓迎して見せた。
当時のこうした想定は、典型的な保守派とは言い難いトランプ氏も、市場や経済に対する従来の手法を受け入れるとの見通しに基づいていた。規制緩和、活発な取引、減税が実現すれば、バイデン前大統領時代の好景気を超える成長が約束される。少なくとも、そう主張する声はあった。
トランプ氏は大統領選の期間中、米国の主要貿易相手国に対して高率の関税を課すと常々主張していた。この脅しを真剣に受け止めたアナリストらは、同氏の政策が経済成長を抑え、個人所得を減らすことになるとの試算を発表した。一方で一部のウォッチャーやトランプ氏の支持者は違う考え方を支持した。同氏の混沌とした政策手法、つまり、まず新たな関税の期限を設定しつつ、突然それを撤回するといったやり方を見て、実際には関税政策を本気で実行する気はないのではないかと受け止めたのだ。要するに、関税のかけ合いは他の国々を屈服させるための偉大な交渉人による演出に過ぎないという見方だ。
ところが状況は変わった。トランプ氏は先週、世界規模の「相互関税」を発表し、その後の株式相場急落により、2日間で時価総額5兆4000億ドル(約799兆円)が吹き飛んだ。ウォール街の一部の人々は、トランプ氏の関税計画と未来の姿を、より明確に捉えたわけだ。
「これは紛れもなく愚かな行為だ」と、インフラストラクチャー・キャピタル・アドバイザーズのジェイ・ハットフィールド最高経営責任者(CEO)は週末にブルームバーグ・ニュースに語った。ハットフィールド氏はトランプ氏がホワイトハウスのローズガーデンで発表した関税率一覧を「死のチャート」と呼び、「これは大変な緊急事態だ。貿易戦争を引き起こしていい理由など何もない」と訴えた。
トランプ氏が考えを改めて方針転換することを期待している人々は、自分たちが向き合っている嵐の強さを見直した方がいいだろう。トランプ氏は生涯を通じ、自らの行動の結果から隔絶されてきた。自ら作り出した経済の崩壊に、ほとんど関心がないように見える。週末にはゴルフを楽しんでいる自身の動画を投稿している。
ワシントン・ポスト紙は、あるホワイトハウス関係者のコメントとして、トランプ氏は就任からの3カ月、悪名高いほど負担の重いはずの職務をあまり深刻に受け止めていないと語った。同関係者は「もはや何を言われても気にしないという境地に達している。悪いニュース? それがどうした。彼は選挙戦で公約したことを実行するつもりだ」と話す。
同紙によると、トランプ氏は先週、相互関税を世界に向けて発表する約3時間前まで、計画を最終決定していなかった。
トランプ氏本人は、批判の的となっている関税について、世界が必要とする薬に例えている。自身のソーシャルメディアであるトゥルース・ソーシャルには「手術は終了した!患者は生き延び、回復している」と投稿。「予後、患者はこれまで以上にずっと強く、大きく、良くなり、回復力も増すだろう。米国を再び偉大に!」と自画自賛した。
トランプ氏の世界観を考えると、「戦略」についてあれこれ思いを巡らすのは無駄であり、「政権は何を達成しようとしているのか」と問うのも間違っている。戦略などないのだ。トランプは戦略不在の領域で活動している。ただし、同氏には明白で長期的な目標がある。
彼の主な目的は、世界に対する不満を訴えることであり、実質的あるいは合理的な公共政策を策定することではない。彼の目標の多くは、自己顕示欲や自己保全に関わるものだ。その他にも、パフォーマンス的で支離滅裂な行動が数多くある。また同氏が抱く野望の多くは、自分自身や米国、あるいは自らの支持者を不当に利用したと考える人々、機関、組織への復讐を含んだものが相当数ある。
トランプ氏は自分が間違っていることを認めるよりも、自分の家が燃え落ちるのを何十年も許してきたのだから、この貿易戦争は改善する前に悪化するだろう。そうならないことを願うが。
内部で対立が絶えない共和党は、関税を巡り、トランプ氏へ立法的な対抗措置を取るほどの資質と強さを示せずにいる。トランプ氏は上級顧問の意見もほとんど聞かないが、仮に耳を傾けたとしても、彼らの多くはすでに関税政策を強く支持しているため、違いは生まれないだろう。
財務長官となったベッセント氏は週末のインタビューで、景気後退の兆候は見られないと語った。また、関税は、対象となった国々が米国を長年利用してきたことが理由であり、自分も政権も、こうした国々と新たな合意を急いで結びたいわけではないと述べた。
トランプ政権は、アナリストや批評家を回避しようと、見せかけの数学的公式や行き当たりばったりの歴史的根拠、洪水のようなニュースの発信を今後も続けるだろう。
だが、時が経てば全てが明らかになるだろう。強気なメッセージを発信してもリセッションを食い止めることはできない。トランプ氏が独断的かつ不必要に引き起こした可能性のある景気低迷は、来年の中間選挙までに有権者の生活や仕事、政治的選択に深く影響を及ぼすことになるだろう。
トランプ氏はゴルフをしている間、それを心に刻むべきだ。
(ティモシー・オブライエン氏はブルームバーグ・オピニオンのシニアエグゼクティブエディター。米紙ニューヨーク・タイムズの元編集者・記者で、著書に「TrumpNation: The Art of Being the Donald」。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Trump Doesn’t Care About the Market Meltdown: Timothy L. O’Brien(抜粋)