量子コンピュータ「叡-Ⅱ」の運用開始
-144量子ビットチップによる量子コンピュータの実用化加速-
理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センターの中村 泰信 センター長、萬 伸一 副センター長、大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の北川 勝浩 センター長(同特任教授(常勤))、森 俊夫 特任研究員(常勤)らの共同研究グループは、144量子ビットチップを搭載した新型量子コンピュータ「叡-Ⅱ(エイツー)」の量子計算クラウドサービスを3月26日に開始しました。これは、2023年3月に公開した64量子ビットチップを搭載した国産量子コンピュータ「叡」と比べて、量子ビット数を2倍以上に増加させ、古典コンピュータでは実現しえない規模の量子計算を可能にします。サービスのユーザーは、従来の「叡」と量子シミュレータ「Qulacs」に加えて、「叡-Ⅱ」も利用できるようになります。
「叡-Ⅱ」に搭載されている144量子ビットチップは、量子ビットの寿命も大幅に増加させます。また、機器を冷やす冷凍機も含めた「叡-Ⅱ」のシステム全体を、「叡」のシステム全体と同程度の大きさに収めることに成功しました。
「叡-Ⅱ」と「叡」、「Qulacs」のシステム構成図
背景
量子技術は、量子力学の基本原理をコンピューティングや通信、センシングなどの分野で革新的な進展を目指す最先端の研究領域として、世界的に注目を集めています。理研は、2021年に量子コンピュータ研究センターを設立するとともに、国の戦略に基づく量子技術イノベーション拠点の中核組織として活動しています。
共同研究グループは、2023年3月に超伝導方式による64量子ビットチップを搭載した国産量子コンピュータ「叡」を導入し、クラウドサービスとして外部利用を開始しました注1)。その後、大阪大学QIQBが開発した量子シミュレータ「Qulacs」の利用や、量子クラウド基本ソフトウェア「OQTOPUS」を導入することにより直感的な操作が可能なグラフィカル・ユーザー・インターフェース(Graphical User Interface:GUI)を通じて、「叡」を利用した量子古典ハイブリッド計算[1]を実行できる環境を整備し、ソフトウェア面の充実も進めています。
しかし、量子コンピュータの実用化に向けては、システムの規模と性能、有用な利用手法の開拓、安定的なサービス運用等、依然として多くの課題が存在します。これらの課題を解決し、量子技術の社会実装を加速させるためには、アカデミアから産業界まで幅広いユーザーが利用しやすい研究開発環境を整備することが不可欠です。
- 注1)2023年3月24日お知らせ「量子コンピュータを利用できる『量子計算クラウドサービス』開始」
クラウドサービスの概要と技術の特徴
共同研究グループが提供する量子クラウドサービスは、ユーザーが量子コンピュータをインターネット経由で利用できるシステムです(図1)。今回、量子コンピュータとして64量子ビットチップを搭載した「叡」に加えて、144量子ビットチップを搭載した「叡-Ⅱ」を利用可能としました。「Qulacs」等による古典コンピュータ上で実行される量子シミュレーションは、数十量子ビットの規模を越えて実行することは不可能です。144量子ビットによる量子コンピューティングは、古典コンピュータによるシミュレーションでは実現できないシステム規模の量子計算を可能にするものとなります。
図1 クラウドサービス利用者端末の画面
「叡-Ⅱ」では、縦12列、横12列の2次元配置により144量子ビットチップを実現しました(図2)。
図2 144量子ビットチップ(写真)
縦12列、横12列の2次元に144個の量子ビットを配置。チップサイズは28mm×28mm。スケールバーは5mm。
また、配線の効率化やマイクロ波制御装置の改良により、冷凍機を含めたシステム全体を「叡」と同程度の大きさにコンパクト化することに成功しました(図3)。さらに、量子ビットの共振周波数を、従来の64量子ビットチップと比較して低周波側にシフトさせることで、量子ビットの寿命を延長して量子演算中に発生するエラーの確率を低下させました。これにより量子演算の忠実度の向上が期待されます。
図3 量子コンピュータ「叡-Ⅱ」
「叡-Ⅱ」は、配線の効率化やマイクロ波制御装置の改良によって、機器を冷やす冷凍機を含めたシステム。全体を「叡」と同程度の大きさにコンパクト化することに成功した。
ユーザーは、従来の「叡」と量子シミュレータ「Qulacs」に加えて、「叡-Ⅱ」を選択できるようになります。これまで、チップのメンテナンスや大規模な実験を行う場合には、長期間のサービス中断が発生していました。今後は、2台の量子コンピュータにより運用することで、連続したサービスの提供が可能となります。
「叡」および「叡-Ⅱ」のクラウドサービスの利用対象は、理研と量子コンピュータの共同研究開発を行っている機関のユーザーから、アルゴリズムや社会応用を行う共同研究機関のユーザーへと拡大しています。理研と大阪大学は、量子コンピュータのハードウェアとソフトウェアを提供するだけでなく、有用な活用手法に関する共創活動に力を入れていきます。
今後の期待
「叡-Ⅱ」システムの開発と公開は、量子コンピュータの実用化に向けた重要な一歩です。本システムでは量子ビットの長寿命化や量子演算の忠実度向上を実現することで、144量子ビットチップの演算能力を向上させることができました。今後は、大規模化を念頭に、量子ビットの性能向上、システムとしての信頼性向上など、将来の誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)[2]の実現に向けた研究開発を進めていきます。また、実用的なアルゴリズムの開発、精密な量子演算のための量子ビット制御のキャリブレーション技術の高速化、運用ソフトウェアの進化にも取り組みます。
補足説明
- 1.量子古典ハイブリッド計算量子コンピュータと従来の古典コンピュータを組み合わせ、それぞれの得意分野を生かして協調的に計算を行う方式。量子コンピュータが膨大な組合せや複雑な量子状態の探索を担い、古典コンピュータが最適化や制御を行うことにより現実的な問題解決を目指す。
- 2.誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)量子誤り訂正技術を用いて計算中に生じるエラーを抑え、長時間にわたり正確な量子計算を可能にする技術基盤。現実の量子デバイスには避けられないノイズを理論的に克服し大規模で信頼性の高い量子計算の実現を目指す。FTQCはFault-Tolerant Quantum Computerの略。
共同研究グループ
理化学研究所 量子コンピュータ研究センター センター長 中村 泰信(ナカムラ・ヤスノブ) 副センター長 萬 伸一(ヨロズ・シンイチ) 超伝導量子エレクトロニクス研究チーム 研究員 玉手 修平(タマテ・シュウヘイ) 上級テクニカルスタッフ 楠山 幸一(クスヤマ・コウイチ) 超伝導量子エレクトロニクス連携研究ユニット ユニットリーダー 阿部 英介(アベ・エイスケ) 超伝導量子計算システム研究ユニット ユニットリーダー 田渕 豊(タブチ・ユタカ) センター長室 嘱託職員 新井 正伸(アライ・マサノブ) 高度研究支援専門職 富田 賢(トミタ・サトシ)
高度研究支援専門職 大羽 秀明(オオバ・ヒデアキ)