クマムシのタンパク質が、がん患者の放射線治療への耐性を高めてくれるかもしれない
放射線治療はごく一般的ながんの治療法だが、正常な細胞まで殺してしまう諸刃の剣でもある。そこで米国の研究チームは、あの最強生物「クマムシ」を利用して患者を放射線から守る方法を考案している。
クマムシ先輩は小さな体ながらほぼ無双状態で、どんな過酷な環境でも耐えることができる。人間の致死量の1000倍もの放射線を浴びても死なないのも、数あるエピソードの1つだ。
そこでその放射線耐性を人体に移植して、放射線治療の副作用を予防しようというのだ。
マウスを使った実験では、クマムシ由来の放射線耐性タンパク質を投与することで、放射線のダメージを半減させることに成功したそうだ。
日本赤十字によると、日本ではがん患者の3割が放射線治療を受けるという。
その利点は、全身麻酔をかける手術ほど負担が重くなく、状況に応じて柔軟に利用できることだが、一方で深刻な副作用を引き起こすこともある。
放射線はがん細胞だけでなく、正常な細胞まで殺してしまう。そのため、たとえば頭部や首のがんなら、口や喉を傷つけ、飲食がままならないほどの痛みを引き起こすこともある。
患者によっては、治療の延期や中止を余儀なくされるほど、副作用は重くなる場合がある。にもかかわらず、予防するための選択肢はそう多くはない。
このような状況の中、米国マサチューセッツ工科大学やブリガム・アンド・ウィメンズ病院などの研究チームは、新たな方法を模索していた。
そこであの最強生物、クマムシ先輩に頼るしかない!と思い付いたのだ。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStockクマムシの最強伝説は、カラパイアでもたびたびお伝えしてきた。
彼らは老化に抗い、マイクロプラスチックを回避し、紫外線を変換して無害化する。それらはほんの序の口で、極端なレベルの乾燥・温度・圧力など、彼らはありとあらゆる過酷な環境に耐える。
そが、特筆すべきは、放射線に対する圧倒的な耐性だ。クマムシは人間が耐えられる放射線の2000~3000倍の放射線にさらされても死なないのだ。
その放射線耐性秘密は「Dsup(Damage suppressor)」と呼ばれるタンパク質にあるという。このDsupは、クマムシのDNAに結合し、放射線によるダメージを防ぐ働きをすることが分かっている。
ならば、どうにかしてクマムシの持つDsupタンパク質を人体に移植すれば、放射線治療の副作用を予防することができるかもしれない。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStockそのための方法として考案されたのが、「メッセンジャーRNA(mRNA)」にDsupタンパク質の遺伝情報を組み込むというものだ。
mRNAとは、細胞がタンパク質を作るための「設計図」のようなものだ。DNAに書かれた遺伝情報を一時的にコピーし、それをもとに細胞が必要なタンパク質を作る。この仕組みを利用したのが「mRNA医療技術」で、新型コロナウイルスのワクチンにも使われた。
またmRNAは安全も高い。と言うのも、mRNAとタンパク質は数時間もすれば消えてしまうのだ。仮にDNAにクマムシ・タンパク質の情報を書き込めば、それが細胞のゲノムに組み込まれる恐れがあるが、mRNAならその心配はない。
このmRNAを効率よく体内に送り込むため、研究者たちはポリマー(高分子化合物)と脂質を組み合わせた特殊な粒子を開発した。
この粒子の種類を変えることで、放射線ダメージを受けやすい特定の組織にmRNAを届けることが可能になった。
研究チームは放射線によるダメージを抑えられるかどうかを調べるため、マウスの口腔内と直腸にDsupタンパク質の遺伝情報を持つmRNAを注射し、その数時間後に放射線を照射した。
この画像を大きなサイズで見るPhoto by:iStockすると放射線によって切れるDNAの二本鎖が50%も減少したという。クマムシのタンパク質が、放射線からマウスの遺伝子を守ってくれたのだ。
もう1つ重要なのは、このクマムシの放射線耐性が、mRNAを注射した部分にしか現れなかったことだ。Dsupタンパク質の保護効果は注射部位に限定されるため、がん細胞自体が放射線から守られるリスクも少ない。
研究チームは現在、人間への使用を見据えて、免疫反応を引き起こさないクマムシ・タンパク質を開発しているところだ。
Dsupタンパク質をそのまま人体に投与すると免疫反応が出る可能性が高いので、これを克服しなければ医療に使うことはできない。
だが、いずれクマムシを利用した放射線治療の副作用予防が完成すれば、その後は宇宙で被曝する宇宙飛行士を守るなんて応用も考えられるそうだ。
この研究は『Nature Biomedical Engineering』(2025年2月16日付)に掲載された。
References: News.mit.edu / Futurism / Nature
本記事は、海外の情報を基に、日本の読者向けにわかりやすく編集しています。