NVIDIAファンCEOとイーロン・マスク氏、決定的違いは「技術起点」

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3万人超の従業員を抱えながら組織をフラット化し、ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)自ら現場に意見する米エヌビディアの経営体制。それが変化への迅速な対応を可能にしているのだが、そこには同社独自の仕組みがある。

「大学の最先端の研究では、AI(人工知能)向けにGPU(画像処理半導体)が使われ始めている」。エヌビディアがAI需要拡大の兆候を感じ取った端緒は2010年、同社で大学との関係構築を担当していたキンバリー・パウエル氏(現副社長)が、ファン氏を含む幹部に送った1通のメールだった。

このメールにファン氏は注目。以来、GPUのAIへの応用について考えを進めていくことになった。それは24年のノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏が、AIによる画像認識コンテストで圧倒的な性能を披露し、GPUへの関心が高まった2年も前のことだった。

パウエル氏のメールは、エヌビディア独自の社内報告ルール「トップ5項目(Top 5 Things)」によるものだ。社員はCEOをはじめとする幹部などに、その時に自分にとって最も大事な5つの事項を簡潔に書いてメールで報告する。新市場への期待、足元の業務への不満など内容は問わない。一般的な会社での週次報告の代わりとなる。

頻度は隔週が基本で、メールタイトルは「Top 5 Things+自分の所属部署」。5項目は上司の判断を仰ぐ必要がある緊急事項から書き始めるという作法も決まっている。

複数の同社社員によれば、「ファン氏はスマートフォンでメールを開き、スクロールせずに読める範囲しか目を通さない」という噂が一時広まり、社員はより簡潔にトップ5を記すようになった。

ファン氏は、従業員3万人からのトップ5を生きた情報としてフル活用する。「自動運転」「ヘルスケア」など領域別でメールを検索すれば、関連部門以外の社員の動きも分かる。社員は上司などに忖度(そんたく)せず率直な意見を書くので、現場の課題感も伝わる。

自身もトップ5を常に検索するグレッグ・エステス副社長は「時折、目からうろこが落ちるような情報を発見できる」と効果を語る。

「どこから来るかも分からない『弱いシグナル』に注意を払いたい」。ファン氏は23年12月のイベントでこう語った。その姿勢は、各事業の経営指標にも表れる。

エヌビディアはKPI(重要業績評価指標)という表現を使わない。ファン氏が「KPIは理解しにくい。多くの人は営業利益率をKPIにしたがるが、利益率は結果であってKPIではない」と考えるからだ。

その代わりに採用しているのが、EIOFs(将来の成功のための早期指標)と呼ぶものだ。未来の事業拡大を占う指標で、注意を払うべき数字は各事業で異なる。

例えば、スタートアップとの連携部門であれば、獲得したパートナー数という結果ではなく、「GPUで高速化されたアプリの種類がEIOFsとなる」(エステス副社長)。アプリが増えれば、その分野のスタートアップの数も増える。それが結果的に同社のGPU売り上げ増加につながる。

「EIOFsは我々の経営戦略そのものだ」。エヌビディア日本代表兼米国本社副社長の大崎真孝氏はこう言う。ファン氏が「弱いシグナル」と表現する兆しこそがEIOFsであり、そのシグナルを感じ取って、経営資源を大胆に投入するのがエヌビディアの勝ちパターンなのだ。

迅速に動くため、中期経営計画や単年度の事業計画は原則として作成しない。「数カ月単位で技術のパラダイムが変わる。誰がスケジュールを考えられるのか」。ヘルスケア事業を率いるパウエル副社長はこう言う。同事業では「AIで医学と研究を進化させる」というミッションを置き、技術の進展に従って次々にアプリやサービスを展開する戦略を取る。

エヌビディア社内では「ミッション・イズ・ボス」という標語がたびたび使われる。リポートラインは存在するが公式な組織図はなく、事業の使命こそ上司との考えだ。ミッションを実現するために部署を横断してチームが立ち上がる。

「今日から全員がディープラーニングを学んでほしい」。AIの潜在的な可能性に気付いたファン氏は13年、全社員にこう指示した。まさにトップの号令で全リソースを投入する「一点集中」経営だ。

ファン氏の強烈な個性は、米テスラCEOのイーロン・マスク氏と比較される。ファン氏はフラットな組織を志向し、マスク氏は直接的な対話を重視する。コミュニケーションコストを下げて伝言ゲームを避ける点は共通する。

ただし決定的に異なる点もある。大崎氏は「ジェンスンは徹底してテクノロジー起点。並の大学教授では太刀打ちできないほどAIなどに造詣が深い」と語る。マスク氏とは対照的に政治と距離を置き、自社の技術を信じてまい進する。それがファン氏最大の特徴だ。

23年10月、米コロンビア大学経営大学院で講演したファン氏は経営者の卵たちにこう語った。

「CEOは自ら技術をつくり出す必要はないが、技術を知っておくべきだ。その技術が現在どのような存在で、どこに向かっているのか。できれば、その技術への情熱を体現するよう努力すべきだ」

今後の経営で気になるのは後継者だ。社内の事情を知る関係者は「特別な後継者育成プランは始まっていないようだ」と見る。

11月の日系メディアの合同インタビューで組織構造について問われたファン氏は、「次のCEOになる方法も(幹部全員に)示している」と言及した。ファン氏は現在、61歳。その発言や行動に衰えは見られないものの、ファン氏がその流儀をどう継承するかにも注目が集まりそうだ。

(日経BPシリコンバレー支局 島津翔)

[日経ビジネス電子版 2024年12月16日の記事を再構成]

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