「心は存在しない」「物理は存在しない」――脳科学者と物理学者が語る“世界は本当にあるのか”(AERA DIGITAL)

『心は存在しない』『物理は存在しない』。一見すると挑発的なタイトルの本を書いた二人の研究者が対談した。脳科学者・毛内拡と物理学者・田口善弘。  人間が感じる「心」や、世界を説明する「物理法則」は、本当に存在しているのか。それとも、人間の脳が作り出した解釈にすぎないのか。脳科学と物理学の視点から、「世界の見え方」を根本から問い直す対話が始まった。 *  *  * ■「心」は脳の状態にすぎないのか 田口善弘(以下、田口) 僕は最近『物理は存在しない』という本を出しまして、毛内先生はちょっと前に『心は存在しない』という本を出されております。今日は“存在しないシリーズ”で対談をしたいと思います。僕の方から話を振らせてもらいますけど、心って人間の内面のものじゃないですか。 毛内拡(以下、毛内) そうですね、主観的なものです。 田口 「心は存在しない」って言われると、確かに心は存在しないのかなと感覚的には分かるんですけど、存在するしないって客観的に決められるものなんでしょうか。 毛内 僕らがふわっと胸のあたりにあるんじゃないかなと思っている“心”は、本当の意味では実在はないし、もし実体があるとしたら結局それは脳なのだろう……そういう切り口で『心は存在しない』は書きました。  心は、脳細胞や脳内物質のちょっとした働きとか濃度とかで決まる。それを観測した結果として心があるような感じがするだけなんじゃないか、と。  これは賛否両論あるとは思うけど、でも多くの人がそう言われることで少し楽だなって思ってもらえるはずです。例えば、「メンタルを病んでます」と言うと、自分が弱いからとか、怠けてるとか、甘えてるとか、気合が足りないとかいろいろ言われてしまうんだけど、決してそうじゃなくて、それはそういう脳の働きの一時的な状態でしかないんだってことなんです。  さらに言うと、僕は「脳は臓器だ」って言っていて、脳は脳だけでは存在しない。身体との相互作用ってすごく大事だから、脳だけを理解しても脳は理解できない。  身体は身体で、ほとんど90%くらいはいわゆる無意識的に色々なことを処理してるんです。何かが起きたら心臓がドキドキして手汗をかくのは、別に怖いからじゃなくて「戦うか逃げるか」の判断を即座にしなきゃいけないから。そういう無意識の反応は、生存に必須な働きとしてオートノミック(自律的)に起きてくる。  それを僕らは解釈して心って感じてるにすぎない、あるいは自己ってそれに名前を付けてるにすぎないんじゃないかっていうことですね。それって夢も希望もロマンもないってよく言われるんだけど(笑)。 田口 なるほど。

AERA DIGITAL
*******
****************************************************************************
*******
****************************************************************************

関連記事: