豪雨襲来に翻弄された宝塚記念 連覇メイショウタバルの物語には彩り
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6月14日の宝塚記念当日、阪神競馬場で場内実況を担当しました。
ひとつ前の第10レースが終わった午後3時過ぎ、空は厚い雲に覆われてはいましたが、宝塚記念までにひと雨あるかどうか、という空模様。スタンド前方、コースに近い場所は、既に観衆で埋まっていました。
第10レースの表彰式が終わったころ、3コーナーの奥に、雲から落ちる雨の柱が見えたと思ったら、そこからは早かったこと。「ぽつぽつ来たな」という記憶もないほどの早さで雨脚は強まり、向正面が雨に煙って見えないほどになりました。
強い雨はスタンド高層階の放送席にも襲いかかり、紙の資料がぬれるほどでした。この時点で、出走18頭は騎手を乗せて地下道にいました。人馬の多くは、コースに出るまで豪雨の襲来に気づかなかったのではないでしょうか。
場内実況は、競馬場内のファンに声を届ける仕事です。しかし、あの時は6万人を超える観衆に声が届き切らないほどの強い雨でした。雨音とざわめきが重なり、発走前の阪神競馬場は、それまでとは別の場所のようになっていました。
本馬場入場では、ターフビジョン(大型ビジョン)に人気馬が映るたび、歓声や拍手が波のように湧くのがいつもの光景です。ところがこの時は、急な雨に戸惑うファンの声が、長く響き続けていました。
「なんか、フェスみたいですね」――。雨に降られたファンの声を聞いた番組スタッフが、そう言いました。にわか雨の中で声を上げる野外音楽フェスに、確かに似ていました。困惑と高揚の入り交じった声が、雨音とともにスタンドを包んでいました。
上半期最後のGⅠ、宝塚記念。梅雨時の阪神芝2200メートルで、勝ちを引き寄せるのは能力だけでなく、馬場などの条件への適性でもあることをファンはよく知っています。雨量ひとつで、出走馬の評価は大きく変わります。
降り始めからレースまでの約15分の間に、阪神の天候表記は「曇」から「雨」に、芝コースの馬場状態も「良」から一気に「重」に変更されました。ただ、函館、東京とメインレースが続くこの時間帯は、他場にも視線が向きます。阪神で起きた急な変化を、すべてのファンが正確に察知していたわけではなかったかもしれません。
それでも、メイショウタバルの単勝オッズは大きく動きました。雨が降り出す前は5.5倍前後だったのが、最後は3.9倍まで下がったのです。多くのファンが駆け込みで馬券を購入する発走前の短時間に、メイショウタバルは買い進まれたことは確かです。
雨と馬場の変化を見たファンが、この馬の道悪適性に反応した形。適性や能力を生かす運もまた、メイショウタバルに向いた。ファンのそんな判断が、オッズの動きから見て取れました。
ゲートが開くと、コスモキュランダが主導権を握り、メイショウタバルは直後の2番手につけました。今まではあまり得意とは言えなかった2番手からの競馬。それでもコスモキュランダを捉えると、最後は上半期古馬3冠のかかっていたクロワデュノールの猛追を首差で抑え、先頭でゴールを通過しました。
前年の宝塚記念で勝利を分かち合った松本好雄オーナー(当時)は、25年8月23日に個人馬主として初の中央競馬通算2000勝を達成し、その6日後にこの世を去りました。武豊騎手は突然の雨について「嫌な気持ちではなかったです。おそらく、天国から松本(好雄)会長が降らせてくれたのかなと思いました」と振り返っています。
松本好隆オーナーへと引き継がれた青と桃色の勝負服。中央競馬の勝負服は馬主ごとに登録されたデザインで、騎手はその馬主の服色をまとってレースに臨みます。
レース後の場内でのインタビューで、武豊騎手が世界的な大レース、フランス・パリロンシャン競馬場の凱旋門賞をにおわせる「フランス」の4文字を口にした瞬間、場内から大歓声が起きました。
この雨が夢を現実に近づけるのでは、という期待がスタンドにも広がったのかもしれません。日本中央競馬会の公式YouTubeのジョッキーカメラ映像には、武豊騎手の「いい練習になったわ」という声も残っています。
帰路、競馬場から仁川駅へ向かう地下道では、入り口から仁川駅の改札にかけて、何度か入場が規制されました。人の流れにもみくちゃになりながら、ようやく満員電車に滑り込みました。雨がやんで、1時間ほどたっていました。
「まだびっしょびしょやわ」――。「びっ」と「しょ」の間に、少し取りすぎなくらいの間を置いた若い競馬ファンの声は、弾んでいました。
競馬場へ行こうか迷ったら、状況が許すなら、足を向けることができるなら、ぜひ競馬場へ。偶然と必然、記録と記憶が重なる瞬間に、現地で立ち会えることがあります。あの日、あの雨を浴びた6万1857人の観衆が語り継いでいく「もうひとつの競馬史」にも、メイショウタバルとこの馬に関わる人々の名は、深く刻まれるはずです。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 山本直)
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